納得いかない

「ヒル魔妖一さんと、お付き合いしてます!」
セナは意を決して、きっぱりと宣言した。
大変なことになると覚悟の上。
だが一瞬の静寂の後、場はドッと笑い声に包まれた。

NFLシーズンは粛々と進んでいく。
そしてセナは意外にも出場の機会に恵まれていた。
実力で勝ち取ったと、胸を張って断言はできない。
パンサーの次、2番手のランニングバックが負傷したからだ。
彼はすぐに復帰したものの、思うように調子が上がらない。
そこでセナの起用が増え、それなりに結果も出した。

そこからセナの注目度は上がり始めた。
フィールドでは屈強な男たちに囲まれ、小柄なセナは目立つ。
さらに若く見える日本人の中でも童顔、1人子供が混ざっているようにさえ見える。
だが走り出せば、早い。
そのギャップがクールだとファンが増え始めたのだ。

ファンが増えるのは良いことだ。
嬉しいし、テンションも上がる。
だけど寄って来るのが、善良な人々だけとは限らない。
貶めようという悪意も少なからずある。
利用してやろうという意図が露骨に見える者もいる。

「どうしたらいいんでしょう?」
迷ったセナは、ビデオ通話でヒル魔に相談を持ち掛けた。
本当にお誘いが多いのだ。テレビやネット動画への出演依頼。
そして個人的に食事などにも誘われる。
なんならビジネスに出資しないかなんていうのもある。
切実に困っているのは、言い寄って来る女性タレントやインフルエンサーだ。
艶っぽく誘われるが恋心とは思えない。おそらくは話題性狙い。
角が立たないように間接的にことわっても、なかなか引いてくれない。

「気が乗らねぇなら、最低限だけ受ければいいんじゃねぇか?」
「その最低限がわからないんですよ。」
「じゃあ全部ことわれ」
「それはそれで不義理な気がして」

画面の向こうのヒル魔から「めんどくせぇな」と文句を言う。
セナは「すみません」と肩を落とした。
そんなこと自分で考えろと言いたいのだろう。
だけどこれはセナにとってアメフトより難しい問題だった。
ファンサービスはしたい。
だけど変なところと付き合えば、醜聞になりかねない。
要は危険を避けてうまくやりたいのだが、圧倒的に知識が足りないのだ。

「それじゃ、こういうのはどうだ?」
ヒル魔はニンマリ笑顔で、とある提案をした。
セナは驚き「無理です!」と叫ぶ。恥ずかしすぎるからだ。
だがヒル魔は「いいからやってみろ」とすでに命令口調。
そして冒頭のセナの叫びに戻るのである。

「ヒル魔妖一さんと、お付き合いしてます!」
セナは意を決して、きっぱりと宣言した。
場所は試合後のスタジアムの通路。
多くの取材スタッフやテレビクルー、そして試合観戦後のファンもいる。
そこで記者と思しき男性に「恋人はいますか?」と聞かれたのだ。
何でこんな場所でそんなことをと思うが、そういうパパラッチ的な記者もいる。
そこでセナはヒル魔に入れ知恵されたセリフを口走っていた。

い、言っちゃった!
叫んだ後のセナは内心汗ダラダラである。
決して隠していたつもりはないが、大っぴらにもしなかったこと。
こんな大勢の前で叫べば、大変な騒ぎになるだろう。
でも恋人がいるなら、少なくても女性からの誘いはことわれる。
ヒル魔の意図はそういうことだろうと思ったのだが。
何とそこでドッと笑い声が起こったのだ。

「セナ君もそんな冗談、言うんだね!」
質問してきた記者はゲラゲラ笑いながら、そう言った。
あれ?本気にされてない?
セナは内心密かに肩を落とした。
本気にされないことにホッとしたのだが、冗談と思われたとは。
だけどその次の日から、風向きが変わった。
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