アクティブロースター

「「「やったぁぁぁぁ!!!」」」
その場にいた全員が盛大に声を上げ、思い思いにガッツポーズをしている。
あの阿含でさえ小さく拳を握っているのを見て、ヒル魔は苦笑した。

アメフトは冬のスポーツと思っている者は少なくないだろう。
高校の最高峰、クリスマスボウルは、その名の通り12月下旬。
日本アメフトの頂点であるライスボウルは、年明け早々。
NFL最高峰のスーパーボウルは2月上旬。
つまり冬のイメージが強いのだ。

だけどNFLの開幕は九月上旬。
日本に至っては、8月下旬だ。
つまり猛暑の中、シーズンは始まるのである。

そしてそんな暑い日の最京大学の部室。
練習が終わった部員たちがくつろいでいた。
シャワーを浴び、着替え、今日の練習の反省点を語る。
中にはアメフトに関係ない雑談をしている者もいるが、それも良し。
冷房の効いた部室でしっかりクールダウンし、疲れを残さないのが重要だ。

そんな中、声を上げたのは姉崎まもりだった。
男ばかりの部室を物ともせずに突入した彼女は「聞いて!」と叫んだのだ。
騒いでいた部員たちもピタリと黙った。
有能なマネージャーたる彼女がこんなことをするには理由があると、全員知っている。

「セナがアクティブロースターに入りました!」
まもりの宣言に、全員が息を飲む。
だが次の瞬間「やったぁぁぁぁ!!!」とほぼ全員が喝采の声を上げた。
そして思い思いにガッツポーズをしている。
あの阿含でさえ小さく拳を握っているのを見て、一人冷静だったヒル魔は苦笑した。

NFLにおいてアクティブロースターとは、シーズン中に出場登録される選手の事だ。
登録されるのは53名、うち試合に出場できるのは46名。
実はロースターはすでに発表され、セナはその中に残れなかった。
それでもケガやパフォーマンスの問題で入れ替える可能性もある。
だからセナはプラクティス・スクワッド、つまり練習生としてアメリカに残っていた。

そして8月某日、開幕直前にセナのロースター入りが発表されたのだ。
何があったか、細かい経緯は公表されていない。
それにまた入れ替えられて、外される可能性もある。
だけどとりあえず今このとき、セナはNFL選手としてシーズンを迎えるのだ。

「それとスポンサーも付きました!」
まもりがさらに続けると、今度は「おお!」と感嘆の声がハモった。
野球やサッカーなどのメジャー種目なら、学生でもスポンサーが付くのは珍しくない。
だけどアメフトは日本ではマイナー競技、個人にスポンサーはなかなか付かないのだ。
つまりセナはそれだけ注目されている証なのだ。

一人部室の隅でスマホをいじっていたヒル魔は小さく笑った。
まもりが発表したのは、ついさっき公表されたばかりの最新情報。
だけどヒル魔はすでに知っていた。
そしてすでにセナにメッセージを送った後だった。

「私たちも負けていられないわよね?」
喧騒の中、ヒル魔のところまでやって来たまもりが挑発するようにけしかける。
ヒル魔は「たりめーだ」と答えた。
日本人のトップとして挑み続けるセナは、もちろん大変だろう。
肉体的にも精神的にもギリギリの勝負をしているはずだ。
だからこそこっちも負けてなどいられない。

「日本一くらいサクッと取らねーとな。」
ヒル魔は軽口で応じて「ケケケ」と笑った。
早くセナに追いつき、追い抜かなければならない。
日本でモタモタしている場合ではないのだ。
1/2ページ