好敵手で恋人な2人

「勝つのは僕だ」
セナはヒル魔に宣戦布告した。
ついにこの男と戦う時が来たのだ。

大学2年の秋、小早川セナに転機が訪れた。
所属する炎馬大学アメフト部が、全日本大学アメフト選手権大会の決勝に進んだ。
つまり決勝である甲子園ボウルでヒル魔率いる最京大学と戦うことが決まったのだ。
だけどその余韻に浸る暇はなかった。
準決勝の王城戦の直後、炎馬大アメフト部の部室にヒル魔が現れたのだ。
かつて高校日本代表として戦った、アメリカ代表のMrドンと共に。

そしてMrドンは告げた。
彼のチームの外国人練習生の日本人枠が1つある。
そこにセナとヒル魔、勝った方を迎え入れるという。
つまり甲子園ボウルは大学ナンバーワンの座を懸けた試合と言うだけではない。
セナとヒル魔、勝った方に頂点のプロへの道が開けるのだ。

何、その急展開。
そう思わなかったわけではない。
だけどセナはすぐに受け入れた。
高校時代のヒル魔の無茶苦茶なやり方に慣らされているのだ。
この程度のことで、今さら驚いたりしない。

その後、セナとヒル魔は一緒に部室を出た。
普段ならモン太や陸たちと帰るのだが、みんな気を利かせてくれたのだろう。
ちなみにセナが高校のアメフト部を引退したころから、2人は付き合い始めた。
そして大学で敵同士になった2人は遠距離恋愛中である。
期せずして2人きりの帰宅は、久しぶりのデートと言えなくもない。

「ヒル魔さんとの勝負、アメフトの試合でよかったです。」
「じゃなかったら、ヒル魔さんに勝てるわけないし」
「脅迫手帳とか出されて一瞬で」

セナは並んで歩くヒル魔の横顔を見ながら、話しかける。
ヒル魔は「良~く分かってんじゃねーか」と笑った。
久しぶりに会ったけれど、ヒル魔は相変わらずだ。
そのことが嬉しくて、セナの頬も緩む。

「俺がテメーに勝って、頂点のプロに行くからな。」
「もうこんなもんも必要ねぇ」

ヒル魔は宣戦布告し、脅迫手帳を道端のゴミ箱に投げ捨てた。
それを見て、セナはまた笑う。
パフォーマンスも健在だ。
ここは試合の場でもなく。セナしかいない深夜の路上。
それなのにしっかりと「勝つぞアピール」も惜しまない。

「でも勝つのは僕だ。」
「倒しに行きます。全力で」
「だからヒル魔さんも」

セナもしっかり宣戦布告で返した。
満足げに「たりめーだ」と笑うヒル魔に、セナの士気も上がる。
そして2人は「それじゃ」と別れた。
次に顔を合わせるのは、甲子園ボウルで。
ついにこの男と戦う時が来たのだと、改めて実感したのだが。

アメフト選手としては、これで良い。
NFLへの道も、大学日本一の座も手に入れる。
この強い決意は嘘じゃない。
全力で獲りに行くだけだ。

だけど恋心は揺れていた。
この勝負に勝った方はMrドンのチームに合流するため、渡米する。
負けた方は日本に残る。
つまり遠距離恋愛の距離がますます開くことになるのだ。
恋人として寄り添うことができるのは、いったいいつになるのか?

急に焦燥に駆られたセナは、勢いよく振り向いた。
せめて最後にヒル魔の姿を見たいなんて、感傷的な気分になったのだ。
だけどその瞬間、ギョッと驚くことになる。
なぜなら何と同じタイミングで、ヒル魔もこちらを振り返ったからだ。

「「・・・・・・・」」
無言のまま、見つめ合うこと数秒。
そしてどちらからともなく吹き出した。
ヒル魔の顔を見て、同じ気持ちなのがわかった。
アメフトで相手を倒したい気持ち。
これ以上距離が離れるのが寂しい気持ちも。

「ぜったい負けませんからね!」
セナは声を張りながら、大きく手を振った。
今はこれでいい。
でも試合が終わったら、2人で会おうと思う。
勝負が決した後なら、きっと許される。
ヒル魔の胸に飛び込めば、きっと抱きしめてくれるはずだ。

「言ってろ!糞チビ!」
ヒル魔は高校の時の呼び名を出してきて、セナに応えた。
口調が相変わらずだが、何だがひどく嬉しそうに笑っている。
そしてクルリと踵を返すと、手を振りながら足早に去っていった。
その後ろ姿が美しいと思ってしまうのは、惚れた弱みだろうか?

とりあえず試合が終わるまでは集中だ。
今はとにかく勝つことだけを考える。
チームはきっとセナを勝たせようと動いてくれるはずだ。
それに報いるために、そして自分の未来のために勝つ。
ヒル魔の背中を見送ったセナは小さく拳を握り、再び歩き出した。
1/2ページ