MUTUAL PINING 【月】の章
【1】乙骨憂太
これってマジでヤバいかも。
憂太は朦朧とする意識の中で、そんなことを思った。
もしもこのまま逝くのなら、できればもう一度会いたい。
頭に浮かぶのは、空のような青い瞳と白銀の髪だった。
身柄を拘束された憂太は、見知らぬ部屋にいた。
最初に連れてこられた埃っぽい部屋ではない。
高専の医務室のような、薬の匂いがする部屋だった。
診察代やら薬棚やら医療用の機材もある。
どこかの診療所だろうと想像するが、真偽は不明だ。
憂太はベットに寝かされていた。
四肢がしっかりと括りつけられていて、身動きが取れない。
そして左腕には針が刺さっていた。
その針には管がつながっており、中に赤い液体が流れている。
憂太は今、血を抜かれているのだった。
別に正式に依頼してくれたら、血をあげたってかまわないんだけどな。
憂太はぼんやりと天井を見上げながら、そう思った。
憂太を拉致した兄弟の話からすると、この血で術式を試すつもりらしい。
加茂家の赤血操術は自らの血を使うのだと思っていた。
だけど呪力を多く含んだ他者の血も使えるなら、それも術式の進歩だ。
そしてそれに貢献できるなら、協力するのはやぶさかではない。
もちろん死なない程度にという条件はつけるけど。
先程の部屋とは違って、この部屋には窓がある。
見える景色はもう夜だ。
電灯はつけられていないが、月明かりが部屋を照らしている。
憂太は「お月様、ありがとう」と微笑した。
おそらく真っ暗だと、嫌なことばかり考えてしまうだろうから。
あの子、うまく逃げたかな?
憂太の今の心残りはそれだけだった。
相変わらず首に巻かれた呪具は、憂太の呪力を体内に押し込めている。
そんな状態で血を抜かれ、急激に身体が弱っていくのがわかった。
顔は熱で火照っているのに、首から下は冷え切っていて寒い。
呪力が身体の中で暴れているのに、身動き1つ取れないのだ。
おそらくこの状態がつづけば、命は尽きるだろう。
「五条先生」
憂太はここにはいない恩師の名を呼んだ。
彼の名を呼び、想うことで、朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めている。
自分としては、ここで終わっても悪くない気もした。
元々長くないと思っていた、そもそも秘匿死刑を命じられた命なのだ。
ここまで幸せに生きてこられただけでも、大感謝だ。
だけど終われない理由があると思い直す。
祈本里香と名乗ったあの少女の無事を確認しなくてはならない。
それにこんなところで諦めて、彼に失望されたくなかった。
なすすべもなく攫われて、殺されたなんてみっともなさ過ぎる。
やはり終わるにしても、ここではないのだ。
そのために憂太は最後の勝負に出ようとしていた。
今寝かされているのは、病院を思わせるパイプベット。
頭側と足側、そして側面に落下防止用のパイプがある。
そして憂太の手は左右それぞれの側面のパイプにロープで括られていた。
採血をする左手は動かないようにがっちりと固められている。
だがそれに対して右手は簡単に外れない程度、つまり左手より緩かった。
ラッキーだったかな。
憂太は先程から右手首を小刻みに揺すっていた。
その甲斐あって、少しずつ右手のロープの結び目が緩んできている。
もし利き腕の方が固く拘束されていたら。
もしくはロープでなく金属の手錠などでの拘束だったら。
この手段はきっと使えなかっただろう。
「よし、っと」
ようやく右腕の拘束が外れた瞬間、思わず声が出た。
だがその声さえ息が切れるほど、消耗している。
気付けば窓から月が見えていた。
憂太のささやかな、そして決死の脱出作戦を静かに見下ろしている。
まずは左手に刺さっている針を引き抜いた。
そして現在の自分のダメージを確認する。
呪力が溜まり、しかも結構な量の血を抜かれて貧血状態だ。
右手首はロープが擦れているが、ヒリヒリ痛む程度で大したことはない。
とはいえ、逃走はむずかしいだろう。
片手で固い左手の拘束を解くには時間がかかる。
それに自由になったところで、走るどころか歩くのも大変そうだ。
部屋の外には監視がいるだろうし、部屋を出たところで捕まる。
それなら、取るべき作戦は1つ。
イチかバチかの大勝負だ。
憂太は傷ついた右手で、首にかけたままの指輪を掴んだ。
今はもうただのアクセサリーになってしまった里香の指輪だ。
「リカちゃん。お願い」
憂太は指輪を引っ張り、鎖を引きちぎった。
そして拘束されたままの左手の薬指に、指輪をはめる。
この10年、ずっと反応がなかったリカ。
だけど元々がバクのような繋がりだったのだ。
呪具によって完全におかしくなった今の身体なら、何かが起こるかもしれない。
「ゆぅた!」
指輪をはめた瞬間、願っていたことが起こった。
愛すべき白い異形の怪物が憂太の背後に現れたのだ。
優しく力強く「あいだがったよぉ」と渾身のバックハグを受ける。
憂太は「久しぶりだね。リカちゃん」と笑った。
そこからはリカの独壇場だった。
憂太の首の呪具や拘束していたロープを楽々と引きちぎり、部屋のドアも破壊。
そしてあの加茂家の兄弟や他に建物の中にいた呪術師たちも捕縛した。
その過程で建物を大破させたのを見て、憂太は「うわぁ」と青ざめる。
もしも損害賠償されたら、払える額だろうか?
とにかく大活躍のリカを見守っているうちに、全てが終わった。
「ゆぅたぁ!おわっだよ~?」
瓦礫となった建物の残骸と、その横に倒れる数名の男たち。
そしてその前にはドヤ顔のリカがいた。
憂太は「ありがとう」と手を振る。
そしてあの少女がいないことにホッとした。
とりあえずリカによる蹂躙に巻き込まれてはいないようだ。
安堵した途端、憂太の膝から力が抜けた。
その場に崩れ落ちる瞬間、リカの姿が消える。
そして頭の中で「またね」と声がするのと、誰かが駆け寄ってくる気配がしたのはほぼ同時。
地面に叩きつけられる前に手が差し伸べられ、支えられる。
だけどそれが誰か確認する前に、憂太の意識が飛んだ。
「憂太!何やってんの!」
完全に気を失う直前、最後に会いたかった彼に怒鳴られた気がする。
夢か現実なのかはわからない。
だけど憂太は幸せだと思った。
10年以上想い続けた彼の声は、耳にも心にも優しく心地よいものなのだから。
これってマジでヤバいかも。
憂太は朦朧とする意識の中で、そんなことを思った。
もしもこのまま逝くのなら、できればもう一度会いたい。
頭に浮かぶのは、空のような青い瞳と白銀の髪だった。
身柄を拘束された憂太は、見知らぬ部屋にいた。
最初に連れてこられた埃っぽい部屋ではない。
高専の医務室のような、薬の匂いがする部屋だった。
診察代やら薬棚やら医療用の機材もある。
どこかの診療所だろうと想像するが、真偽は不明だ。
憂太はベットに寝かされていた。
四肢がしっかりと括りつけられていて、身動きが取れない。
そして左腕には針が刺さっていた。
その針には管がつながっており、中に赤い液体が流れている。
憂太は今、血を抜かれているのだった。
別に正式に依頼してくれたら、血をあげたってかまわないんだけどな。
憂太はぼんやりと天井を見上げながら、そう思った。
憂太を拉致した兄弟の話からすると、この血で術式を試すつもりらしい。
加茂家の赤血操術は自らの血を使うのだと思っていた。
だけど呪力を多く含んだ他者の血も使えるなら、それも術式の進歩だ。
そしてそれに貢献できるなら、協力するのはやぶさかではない。
もちろん死なない程度にという条件はつけるけど。
先程の部屋とは違って、この部屋には窓がある。
見える景色はもう夜だ。
電灯はつけられていないが、月明かりが部屋を照らしている。
憂太は「お月様、ありがとう」と微笑した。
おそらく真っ暗だと、嫌なことばかり考えてしまうだろうから。
あの子、うまく逃げたかな?
憂太の今の心残りはそれだけだった。
相変わらず首に巻かれた呪具は、憂太の呪力を体内に押し込めている。
そんな状態で血を抜かれ、急激に身体が弱っていくのがわかった。
顔は熱で火照っているのに、首から下は冷え切っていて寒い。
呪力が身体の中で暴れているのに、身動き1つ取れないのだ。
おそらくこの状態がつづけば、命は尽きるだろう。
「五条先生」
憂太はここにはいない恩師の名を呼んだ。
彼の名を呼び、想うことで、朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めている。
自分としては、ここで終わっても悪くない気もした。
元々長くないと思っていた、そもそも秘匿死刑を命じられた命なのだ。
ここまで幸せに生きてこられただけでも、大感謝だ。
だけど終われない理由があると思い直す。
祈本里香と名乗ったあの少女の無事を確認しなくてはならない。
それにこんなところで諦めて、彼に失望されたくなかった。
なすすべもなく攫われて、殺されたなんてみっともなさ過ぎる。
やはり終わるにしても、ここではないのだ。
そのために憂太は最後の勝負に出ようとしていた。
今寝かされているのは、病院を思わせるパイプベット。
頭側と足側、そして側面に落下防止用のパイプがある。
そして憂太の手は左右それぞれの側面のパイプにロープで括られていた。
採血をする左手は動かないようにがっちりと固められている。
だがそれに対して右手は簡単に外れない程度、つまり左手より緩かった。
ラッキーだったかな。
憂太は先程から右手首を小刻みに揺すっていた。
その甲斐あって、少しずつ右手のロープの結び目が緩んできている。
もし利き腕の方が固く拘束されていたら。
もしくはロープでなく金属の手錠などでの拘束だったら。
この手段はきっと使えなかっただろう。
「よし、っと」
ようやく右腕の拘束が外れた瞬間、思わず声が出た。
だがその声さえ息が切れるほど、消耗している。
気付けば窓から月が見えていた。
憂太のささやかな、そして決死の脱出作戦を静かに見下ろしている。
まずは左手に刺さっている針を引き抜いた。
そして現在の自分のダメージを確認する。
呪力が溜まり、しかも結構な量の血を抜かれて貧血状態だ。
右手首はロープが擦れているが、ヒリヒリ痛む程度で大したことはない。
とはいえ、逃走はむずかしいだろう。
片手で固い左手の拘束を解くには時間がかかる。
それに自由になったところで、走るどころか歩くのも大変そうだ。
部屋の外には監視がいるだろうし、部屋を出たところで捕まる。
それなら、取るべき作戦は1つ。
イチかバチかの大勝負だ。
憂太は傷ついた右手で、首にかけたままの指輪を掴んだ。
今はもうただのアクセサリーになってしまった里香の指輪だ。
「リカちゃん。お願い」
憂太は指輪を引っ張り、鎖を引きちぎった。
そして拘束されたままの左手の薬指に、指輪をはめる。
この10年、ずっと反応がなかったリカ。
だけど元々がバクのような繋がりだったのだ。
呪具によって完全におかしくなった今の身体なら、何かが起こるかもしれない。
「ゆぅた!」
指輪をはめた瞬間、願っていたことが起こった。
愛すべき白い異形の怪物が憂太の背後に現れたのだ。
優しく力強く「あいだがったよぉ」と渾身のバックハグを受ける。
憂太は「久しぶりだね。リカちゃん」と笑った。
そこからはリカの独壇場だった。
憂太の首の呪具や拘束していたロープを楽々と引きちぎり、部屋のドアも破壊。
そしてあの加茂家の兄弟や他に建物の中にいた呪術師たちも捕縛した。
その過程で建物を大破させたのを見て、憂太は「うわぁ」と青ざめる。
もしも損害賠償されたら、払える額だろうか?
とにかく大活躍のリカを見守っているうちに、全てが終わった。
「ゆぅたぁ!おわっだよ~?」
瓦礫となった建物の残骸と、その横に倒れる数名の男たち。
そしてその前にはドヤ顔のリカがいた。
憂太は「ありがとう」と手を振る。
そしてあの少女がいないことにホッとした。
とりあえずリカによる蹂躙に巻き込まれてはいないようだ。
安堵した途端、憂太の膝から力が抜けた。
その場に崩れ落ちる瞬間、リカの姿が消える。
そして頭の中で「またね」と声がするのと、誰かが駆け寄ってくる気配がしたのはほぼ同時。
地面に叩きつけられる前に手が差し伸べられ、支えられる。
だけどそれが誰か確認する前に、憂太の意識が飛んだ。
「憂太!何やってんの!」
完全に気を失う直前、最後に会いたかった彼に怒鳴られた気がする。
夢か現実なのかはわからない。
だけど憂太は幸せだと思った。
10年以上想い続けた彼の声は、耳にも心にも優しく心地よいものなのだから。
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