MUTUAL PINING 【鳥】の章

【1】乙骨憂太

「憂太が好きだ。呪術師だろうとなかろうと関係ないよ。」
五条が綺麗な青い瞳でまっずぐに憂太を見つめながら、そう言った。
憂太は「僕も」と答えて、彼の胸に飛び込む。
だけど心の中で「これは夢だ」とわかっていた。
10年前、憂太は「ごめんなさい」とその告白を受け入れなかったのだから。

「この、バカ!」
「何やってんだ!」
「どうしてこんなことになったんですか!」
「信じらんない!」
「ボケっとしてるから、こんなことになったんじゃないの!?」
「おかかっ!こんぶっ!!」

ゆっくりと目を開けた憂太を迎えたのは、騒々しくも愛ある怒声だった。
真希に狗巻、パンダ、そして虎杖と伏黒と釘崎。
仲間たちが憂太の顔を覗き込んでいた。
憂太は訳も分からないまま「ごめん」とあやまる。
染み付いた忠実な条件反射だ。

「ええと。今は何日の何時?」
憂太は寝たまま、辺りを見回しながらそう言った。
ここは高専内の教職員寮の中にある自分の部屋だ。
身体を起こそうと身じろぎして、それが難しいこともわかった。
食材の配達に来た男に、毒槍で突かれた。
おそらく身体には毒が残っていて、まだ動けないのだと理解した。

「先輩が襲われてから、10時間経ってます。」
伏黒がやや怒り口調で、教えてくれた。
憂太はそれを聞いて、ホッとする。
何日も寝込んでしまったということではなさそうだ。
襲われたのは夜だったから、普通に一晩寝たという感じか。

「それで何がどうなったの?」
憂太は集まってくれた面々の顔を見回しながら、そう言った。
みんなが普通に座っているのに、自分だけ寝ている状態は居心地が悪い。
それでも起き上がれそうになかった。
だからもう仕方ないと開き直り、状況を聞くことにしたのだ。

「お前、誘拐されかけたんだよ。あの食材の配達員?に」
「誘拐?でも槍で刺されたんだけど」
「塗ってあったのは、身体が痺れるだけで死ぬことはない毒だとさ」
「な~んだ。命に別状ないのか」
「「「「「「な~んだ、じゃない!!(たかな、めんたいこ!!)」」」」」」

死なないなら別にと思ったのに、ものすごく怒られた。
憂太は内心「理不尽だ」と思う。
確かに不意を突かれたけれど、一応被害者なのに。
何でこんなに怖い顔で詰め寄られているのか。
だけどとりあえずその問題は棚上げにして、気になっていたことを聞く。

「でも何で?彼とはもう10年近く、普通に仕事をしていたのに」
「ああ。元々呪霊が少し見えて窓と配達員を兼業してたそうだけど」
「真面目で感じが良い人だと思ってたんだけど」
「その信頼関係に付け込まれたらしい。金を積まれて欲が出たそうだ。」
「そうなんだ。。。」

説明役はパンダが担ってくれて、憂太は驚くばかりだ。
憂太が食堂勤務になって、ずっと配達をしてくれていた青年だったのだ。
こういう場所に来る人だから、身元調査は慎重になされていたはずだ。
そこまで思い至って、憂太は「あ」と声を上げた。

「あの人、確か御三家のどこかの人だよね?」
「ああ。五条家だ。悟流に言うなら『超遠縁だけど僕の親戚』ってか?」
今度は真希が微妙に似てない五条の口真似をしながら、答えてくれた。
憂太は「五条家」と呟き、ため息をついた。
御三家の傍流に生まれ、呪霊は見えるけど呪力がない。
以前の配達のときにそんな話を聞いた気がするが、五条家だったとは。
つまり憂太は自分の親戚に誘拐されかけたということだ。

「五条先生、後始末で大変みたいだよ?」
「迷惑かけちゃったなぁ。僕は大丈夫だから、穏便にしてほしいんだけど」
今度は虎杖が教えてくれたので、憂太は率直に希望を伝えた。
10年間、食材の配達だけの付き合いだけど、根っからの悪人だとは思えない。
きっと事情があったのだろうし、できれば温情をと願う。
真希が「ダメだろ」と伏黒が「お人好し過ぎます」と、ダメ出ししてくる。
だが虎杖は「五条先生に伝えておくよ」と頷いてくれた。

「いいか!今日一日は絶対安静だぞ!!」
最後に真希が勢いよく宣言し、集まった面々が頷いている。
言葉は労わってくれているのに、口調は完全に脅しだ。
だけど憂太は「心配してくれてありがとう」と答えた。
気持ちは「迷惑をかけてごめん」なのだが、そう告げれば怒られる。
それはもうこの10年で身に染みてわかっていた。

「良い夢、だったな。」
みんなが出て行った後、ひとり残された憂太はポツリと呟いた。
目覚める直前、10年前の夢を見ていたのだ。
術式が使えなくなった憂太に、それでも良いと告白してくれた五条。
夢の中の憂太はその胸に飛び込んだ。
本当はそうしたかった、甘い甘い夢。
だけどそうはならなかった、切なくて悲しい夢。

「熱い。喉乾いた。」
憂太はまた呟く。
毒のせいか、どうやら熱があるようだ。
でも起き上がる気力もない。
ふと窓の方を見ると、青い空が見えた。

今の僕は籠の鳥だな。
憂太ははふとそんなことを思った。
高専の外には出られない、羽をもがれた鳥だ。
この空のように青いあの美しい瞳にはふさわしくない。

「寝ちゃおう」
憂太はまた呟き、目を閉じた。
泣いてしまう前に、眠ってしまえばいい。
夢の中で泣けばいい。
起きたら元気な食堂のお兄さんに戻れる。
目が覚めたら毒が抜けて、きっと笑えるはず。

あれ?助けに来てくれたのは五条先生だったよな?
眠りに落ちる直前、憂太はふと思い出した。
あの配達の青年を投げ飛ばして、その後は?
いや、それより今度会ったらお礼を言わなくては。
律義にそんなことを考えながら、意識は完全に沈んだ。

その後熟睡していた憂太は知らなかった。
五条が音もなく憂太の部屋を訪れたことを。
長い指で頬を伝う涙をぬぐい、髪を撫でた。
汗を拭き、着替えさせ、水を飲ませた。
そして少しの間、寝顔を眺めてから去っていったのだ。

だけど憂太は目覚めることなく、昏々と眠り続けた。
その間に見たのは五条ではなく、青い空を飛ぶ鳥になった夢だった。
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