Time Librarian (おお振り×図書戦)

今日の任務、送る。
三橋が事務的な指示に、阿部は「確認する」と頷く。
そして脳内のデバイスで、送られてきた指令を読み取った。

40世紀初頭、人口減少に悩む日本は超法規的な解決法を実施した。
長年研究を重ね、ようやく確立した時空制御の技術。
つまり過去や未来に移動することが可能になった。
その技術を使い、過去から人材を回収するのだ。

回収するのは、誰でも良いわけではない。
絶対のルールは、絶対に歴史に干渉しないこと。
だから若くして死を遂げた者から選ばれる。
条件は善良であり、生活環境が変わっても適応できる者。
それを選び出し、その人物が死ぬ直前にこちらに連れてくる。
つまり死んで消えていくはずの命を再利用するのだ。
その任務を担うのが、時空救助隊である。

三橋廉と阿部隆也は、その時空救助隊の隊員だった。
彼ら自身も若くして死を遂げる直前、救助されてここに来たのだ。
そして今は自分と同じような身の上の若者を救助する任務についている。
ちなみに三橋は、時空救助隊ではかなり古株。
そして阿部は三橋に救助されたようやく新人という肩書きが取れつつある若手だ。

2人は今まさに任務に向かおうとしていた。
任務用の身体にピッタリした黒いコスチュームに身を包み、内容を確認する。
この時代にはもうスマホのような端末などない。
脳内にデバイスを埋め込んでいるから、確認は一瞬で出来る。
阿部は三橋から送られた任務計画書を、頭の中で読み始めた。

今日の救助者、どうがみ?どのうえ?
阿部はまず対象者の名前が読めずに、詰まった。
すると三橋は「どうじょうさん、だよ」と教えてくれた。
堂上篤、堂上郁。
その2名が本日の救助対象者だ。

ええと。正化39年11月、図書館の検閲抗争時に死亡。
検閲抗争ってメディア良化法があった頃の話だよな。
阿部はブツブツと呟く。
すると三橋が「うん。そうだよ」と頷いた。

正化の時代、つまり21世紀の初め頃にはメディア良化法があった。
良化特務機関なる組織が、あらゆるメディアを取り締まる権限を持っていたのだ。
図書館はこれに対抗し、図書隊を組織。
互いに武器を持ち、戦争さながらの検閲抗争を行なっていた。

今回の救助者はご夫婦で図書隊員。
しかも図書特殊部隊で、検閲抗争の最前線で戦っていた。
それで若くして殉職した2人を、こっちに連れてくるのが任務だよ。

三橋が補足説明してくれている間に、時空移動の準備が整った。
別に救助者のプロフィールなど、頭に入っていなくていいのだ。
移動する先も全て、時空移動システムによる自動制御。
だから相手の顔さえわかっていれば、問題ないのだ。

でも夫婦2人を救助って珍しいんじゃね?
阿部は素直な疑問を口にした。
通常、時空救助は1回につき1名と決まっている。
また救助された者の親族や友人は、救助しないことになっている。
それは元いた世界のつながりを完全に断ち切らせるためだ。
変に過去に未練を持って、万が一にも余計なことをすれば歴史が変わりかねない。

三橋は「うん。そうなんだけど」と曖昧に笑った。
すると阿部は「まぁいいや」と話を畳む。
今回の任務計画を作ったのは、三橋だ。
2人救助には何か考えがあるのだろうし、上の了承も得ているのだろう。
それなら別に構わない。
必要があるなら話してくれるだろうし、特に問題はない。

それじゃ、行こうか。
三橋の合図に阿部が頷くと、時空移動システムが作動する。
時間にして、数分程度の短い時間。
だが移動中は視界がグラグラと揺れ、三半規管もやられる。
所謂悪酔い状態だが、回を重ねれば慣れるのだから不思議なものだ。

そして阿部と三橋は辿り着いた。
メディア良化隊の黒い戦闘服が、今にも攻めいらんとしている一触即発の場所。
検閲抗争が今まさに始まろうとしている武蔵野第一図書館だ。
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