熱帯夜 *北ver*

あれ?
目を覚ました憂太はパチパチと瞬きしながら、首を傾げる。
昨晩自室に戻ってから、寝るまでの記憶がないからだ。
だけど思い出す前に「このバカ!」「何やってるんすか!」と怒声が降り注いだ。

昨日の東京は、遅い猛暑日を記録した。
9月下旬だというのに最高気温は35度超え、最低気温さえ30度に近かった。
そんな日だって、呪霊は出没する。
憂太は発生した一級呪霊を祓うため、北関東の某所に向かった。
そこは東京よりさらに暑く、昼間の気温は40度に迫る勢いだった。

寮に戻ったときは、日付が変わっていた。
祓除はそんなに難しい作業ではなかった。
だが姿を隠すのが得意なタイプの呪霊だったのだ。
事前の情報がなかったので、出没条件もわからず。
しかも住宅密集地なので、被害も最小限に抑えたい。
結局現れるまで待つと判断し、酷暑の中ほぼ半日張り込むことになった。

自室に戻った憂太は、ため息をついた。
暑い日に1日締め切っていた部屋は、サウナのような状態だったのだ。
着替えて、シャワーを浴びたい。
その前にまずは水分をとらないと。
いやまずはエアコンで部屋を冷やして、涼もう。

憂太が覚えているのは、ここまでだった。
自室があまりにも暑くて軽く絶望し、その後の記憶がない。
唯一覚えているのは、頭の中で響く声だ。

憂太、何やってんの!?
反転が使える特級術師が、熱中症で倒れるって!
カッコ悪いにも程があるでしょ。

揶揄っているようでどこか優しいこの声の主を良く知っている。
憂太は「でも、先生」と言い返した。
いや言葉になっていなかったかもしれない。
なのに「でも、じゃないよ!」と遮られた。

確かに呪霊を祓うのは大切な仕事。
でもそのために倒れちゃうのはダメだよ。
まずは自分を大事にすることと!いいね?

優しく諭して、声の主の気配が遠ざかっていく。
憂太は「待って」という前に、意識が飛んだ。
目を覚ましたらすでに朝で、自分の部屋のベットで寝ていた。
そして「あれ?」と首を傾げた途端、頭上から怒声が降り注いだのだった。

このバカ!
何やってるんすか!
まず重なったのは禪院家の2人、真希と伏黒の声だ。
直後に釘崎が「マヌケ過ぎる!」と呆れ、狗巻が「こんぶ」と頷いた。
次にパンダが「大丈夫か~?」と憂太の顔を覗き込む。
最後に虎杖が「先輩、心配したんすよ~?」と苦笑した。

彼らの説明によると、夜中に妙な呪力を感じたらしい。
伏黒と虎杖がいち早く目を覚まし、部屋に駆けつけて、倒れている憂太を見つけた。
そこからは大騒ぎで、ベットに運び、服を脱がせて、汗を拭いて。
バタバタしているうちに、他の面々も気が付いて次々と駆けつけてくれたそうだ。

「とりあえず飲めよ」
真希が差し出してくれたのは、ペットボトル入りの経口補水液だった。
憂太は身体を起こすと、ボトルを受け取った。
最初は控えめに口を付けたが、飲み始めたらとても美味しかった。
乾いた身体に身体に染み入る感じが気持ち良い。
結局ゴクゴクと喉を鳴らして、一息にボトルを空にしてしまった。

しっかり寝て体力を戻しとけよ。今日の任務は代わってやるから。
女子らしからぬ荒っぽい口調の真希だが、心配してくれてるのがわかる。
憂太が「ありがとう」と礼を言って、再びベットに身体を沈めた。
すぐに「お大事に」「よく休んでくださいね」などと声がかかる。
そして彼らがゾロゾロと部屋を出ていく気配を感じながら、目を閉じた。

みんなに知らせてくれたのは、先生ですか?
憂太は心の中で、そっと問いかけた。
脳裏に浮かぶ秀麗な美貌の彼は、見慣れた軽薄な笑みを浮かべるだけだ。
だけどなぜか彼が助けてくれたのだと思えた。
意識が飛ぶ直前に聞こえたあの声は彼なのだと。

先生、会いたいです。
憂太は口元に笑みを浮かべながら、深い眠りに落ちた。
今度はちゃんと起きているときに、優しい言葉をかけて欲しい。
そう願うことは甘く切なく、幸せな気持ちだった。
1/2ページ