君の名は。

【1】乙骨憂太 in 五条悟

「思ってたのと違ったなぁ」
憂太は鏡に映る自分を見て、深い深いため息をついた。
白銀の髪と青い瞳、そして形の良い額には禍々しい縫い目。
敬愛する恩師の不機嫌そうな顔が、そこにはあった。

乙骨憂太は困惑していた。
両面宿儺を倒すために、禁断の作戦を実行した。
羂索の術式を模倣し、恩師の身体を乗っ取ったのだ。
後のことなど何も考えなかった。
そこで死んでも仕方ないと覚悟していた。
だがその結果、憂太は生きている。
現代最強の呪術師、五条悟の姿で。

こうなることも想定の1つではあった。
五条の身体で生き続ける可能性もあると思っていたのだ。
そしてその場合の覚悟もしていた。
覚悟していたつもりだった。
だが実際、五条悟として生きるのは大変なのだと痛感させられていた。

まず第一に五条は無駄にデカかった。
身長もそうだし、手足もとにかく長い。
だから普通に椅子に座るだけでも、窮屈なのだ。
さらに慣れない憂太は、よく目測を誤った。
天井や壁にぶつかったのは、この短い間で何回か。
無下限呪術のおかげでケガをすることはないが、イチイチめんどくさい。
特に高専は狭い通路や天井が低い建物が多くて、鬱陶しいことこの上なかった。

第二に五条の身体は、実に燃費が悪かった。
その最たる原因は、常に術式を回しているせいだろう。
それ以前にデカい身体を維持するため、基礎代謝も高いと思われる。
五条が胸焼けするほど甘いものを爆食いしていた理由も実感できた。
でも乙骨は元々自他ともに認める小食なのだ。
だから必要なカロリーと実際の食欲の間に、かなりのギャップがあった。
それでも必死に食べるのは、最強の身体を衰えさせないため。
今は毎度の食事が苦痛だった。

第三に六眼だ。
見ている分には、まるで青空を切り取ったような美しい瞳。
その上呪霊や呪詛師相手に呪力や術式が正確に読み取れる優れモノではある。
だが日常生活ではただただ邪魔だった。
必要もないのに、様々な情報が勝手に流れ込んでくるのだから。
五条のように生まれながらに持っているなら、こんなものだと思ったかもしれない。
だけど憂太は元の目が恋しいと思ってしまう。

そして憂太が何よりも嫌なのは、年齢だった。
五条と憂太の年齢差は、およそ干支一回り。
今は高校生で10代の青春を謳歌しているはずなのだ。
だけど五条はもうアラサーなどと呼ばれる年齢である。
つまり人生の一番楽しい時期がごっそり抜けてしまった感覚だ。
もし同級生と並んでも、ビジュアル的に違和感ありまくりだろう。
無下限のせいで、前みたいにじゃれ合うこともできない。

そんな感じで、憂太はストレスを抱えていた。
誰かに相談したって、相手も困るだけだろう。
答えは1つ、慣れるしかないのだ。
わかっている。わかっているのだけど。

だから憂太は今日も鏡に向かって盛大にため息をつく。
かつて五条は自分を「グッドルッキングガイ」と称した。
そのことに異議を唱えたことはない。いやなかった。
秀麗な美貌も、白銀の髪も、筋肉を纏った逞しい身体も。
全てが完成されていて、美しいと思ったから。
だけど実際に自分がそうなってみると、なぜか全然綺麗に見えない。

「憂太さぁ。僕の顔を見てため息つくの、やめてくれる?」
聞き慣れた自分の声で文句を言われ、憂太はまたため息をついた。
ストレスの原因は五条の身体だけではない。
かつての自分の姿をした青年が自分の前にいる。
これもまたたまらなく憂太の心を重くしていた。

「僕の身体がそんなに不満なわけ~?」
見慣れた自分の顔が頬を膨らませて、拗ねている。
その中にいるのは、五条悟その人だった。
羂索の術式使用で、乗っ取られた身体の脳の行方なんか気にしていなかった。
まさか入れ替わるなんて思わなかったのだ。
憂太が五条の身体を乗っ取った瞬間、五条の脳は憂太の中で生き返った。
その結果、五条は憂太の身体で生活している。

「先生こそ。僕の身体で爆食いはやめてください。」
憂太は注意しながら、さらにため息だ。
五条は右手にシュークリーム、左手に缶入りのお汁粉を持っている。
自分の姿をした者がそれらを交互に口にするさまは、見るだけで胸焼けしそうだ。
せめて和か洋か統一しろと思うのは、的外れな現実逃避。

ちなみにここは五条宅である。
現在、五条と憂太は一緒に暮らしている。
同棲なんて、甘い話ではない。
身体が入れ替わるという異常事態に対応するためだ。
慣れていない身体で生きるに当たって、困ることもあるだろう。
それなら本来の持ち主が近くにいれば、その都度聞いたりして対応できる。

この同居が決まった時、憂太は少しだけ嬉しかった。
なぜなら内心密かに五条に惹かれていたからだ。
恋人になれたら、なんて妄想したこともある。
だけど一生片想いなのだと思っていた。
五条が憂太を好きになるはずもないし、憂太には里香がいるし。
だからこの身体に慣れるまでの間でも、同棲気分を味わえると思ったのだ。

だけど現実は甘くなかった。
いくら五条でも、姿形は自分自身なのだ。
とてもじゃないがときめくはずもない。
むしろ自分の姿でだらしなくくつろぐ五条に、憂太のテンションはダダ下がりだ。

いろいろ身体を乗り換えてた羂索って、適応能力もすごかったんだな。
憂太はふとそんなことを思い、またしても深いため息をつく。
すると五条が「ため息やめてってば」と文句を言った。
上目遣いで甘えるように言われたって、自分の顔は少しも可愛くない。
憂太はこの前途多難な状況に、天を仰いで途方に暮れた。
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