サクラドロップス
「桜、きれいだね。」
子供の形をした呪霊が、笑っている。
憂太は「そうだね」と頷くと、一瞬で刀を振り下ろした。
桜は数日前に満開となり、今はもう散り始めている。
憂太はそれを見上げ、できれば花見で来たかったと思った。
街の中心地から外れたところにある、寂れた神社。
その境内にある桜の下に、呪霊が出現したのだという。
正直なところ、憂太が扱うレベルの案件ではなかった。
呪霊はせいぜい3級程度。
だけどたまたまその件の資料を読んで、自分がやると申し出たのだ。
そして件の神社にやってきた憂太は、満開の桜の下で見つけた。
5歳くらいの少女に見える呪霊が、膝を抱えて座っていたのだ。
憂太は静かに少女の前に立った。
そして事前の情報の通りだったと内心ため息をつく。
この桜の木は地元の人しか知らない、隠れたお花見スポットだった。
そして数年前、ここを訪れようとした幼い兄妹が交通事故で亡くなった。
おそらくここに現れる呪霊は、その妹の方だと推察される。
最初のうちは人を脅かすだけだったが、次第に力をつけた。
そして今では時折、花見に来る人にケガを負わせるようになったらしい。
「桜を見に来たの?」
「うん。そうだよ。」
「ならごめんなさい。ここはわたしとお兄ちゃんの場所なんだ。」
「僕も一緒じゃダメ?」
「ダメ。お兄ちゃんとふたりで見たいの。」
少女は本当に普通の少女に見えた。
そして普通の少女のように会話する。
おそらく自分がもう人間ではないという自覚がないのだろう。
そしてお兄ちゃんとふたりだけで花見をしたいらしい。
「じゃあ、君のお兄ちゃんが来たら帰る。それならいいかな?」
憂太はその場にしゃがみ込み、少女と目線を合わせて聞いた。
少女は少し考えてから「それならいい」と頷いた。
憂太は「ありがとう」と礼を言って、静かに刀袋に手をかけた。
「お兄ちゃんと約束してるんだ?」
「うん。2人だけで見ようって。だから他の人がいるとイヤなの。」
「そっか。お兄ちゃんが大好きなんだね。」
「うん。お兄ちゃんはすごく優しいんだよ。」
「だから他の人を追い払ったんだね?」
憂太は笑顔で応じながら、やるせなさに胸が痛んだ。
ただ単にお兄ちゃんと2人だけで花見がしたかっただけ。
だけど人間を害するなら、祓わなければならない。
ふと今は遠く離れてしまった妹のことを思った。
小さい頃、ちょこちょこと自分の後をついてくる妹は本当に可愛かった。
「桜、きれいだね。」
「そうだね。」
憂太は刀を引き抜くと一気に振り下ろした。
少女の形をした呪霊は、信じられないという顔で憂太を見上げる。
だがすぐに姿を消した。
きっとお兄ちゃんのところに行った。
そう信じたい。信じるしかない。
また悲しい思い出が増えた。
憂太は刀を戻し、桜の木に背を向けながらそう思った。
きっと桜を見れば、あの子を思い出す。
お兄ちゃんが大好きだと笑っていた、幼い呪霊の少女を。
特級術師は少々のことで動揺することは許されない。
だけど傷つかないわけではないし、悲しみも切なさもちゃんと感じるのだ。
憂太は振り返らず、静かに歩き出した。
散り始めた桜が、吹雪となって舞い散っている。
だけど今はそれを美しいとは思えない。
憂太は幼い兄妹の死を悼みながら、足早にその場を立ち去った。
子供の形をした呪霊が、笑っている。
憂太は「そうだね」と頷くと、一瞬で刀を振り下ろした。
桜は数日前に満開となり、今はもう散り始めている。
憂太はそれを見上げ、できれば花見で来たかったと思った。
街の中心地から外れたところにある、寂れた神社。
その境内にある桜の下に、呪霊が出現したのだという。
正直なところ、憂太が扱うレベルの案件ではなかった。
呪霊はせいぜい3級程度。
だけどたまたまその件の資料を読んで、自分がやると申し出たのだ。
そして件の神社にやってきた憂太は、満開の桜の下で見つけた。
5歳くらいの少女に見える呪霊が、膝を抱えて座っていたのだ。
憂太は静かに少女の前に立った。
そして事前の情報の通りだったと内心ため息をつく。
この桜の木は地元の人しか知らない、隠れたお花見スポットだった。
そして数年前、ここを訪れようとした幼い兄妹が交通事故で亡くなった。
おそらくここに現れる呪霊は、その妹の方だと推察される。
最初のうちは人を脅かすだけだったが、次第に力をつけた。
そして今では時折、花見に来る人にケガを負わせるようになったらしい。
「桜を見に来たの?」
「うん。そうだよ。」
「ならごめんなさい。ここはわたしとお兄ちゃんの場所なんだ。」
「僕も一緒じゃダメ?」
「ダメ。お兄ちゃんとふたりで見たいの。」
少女は本当に普通の少女に見えた。
そして普通の少女のように会話する。
おそらく自分がもう人間ではないという自覚がないのだろう。
そしてお兄ちゃんとふたりだけで花見をしたいらしい。
「じゃあ、君のお兄ちゃんが来たら帰る。それならいいかな?」
憂太はその場にしゃがみ込み、少女と目線を合わせて聞いた。
少女は少し考えてから「それならいい」と頷いた。
憂太は「ありがとう」と礼を言って、静かに刀袋に手をかけた。
「お兄ちゃんと約束してるんだ?」
「うん。2人だけで見ようって。だから他の人がいるとイヤなの。」
「そっか。お兄ちゃんが大好きなんだね。」
「うん。お兄ちゃんはすごく優しいんだよ。」
「だから他の人を追い払ったんだね?」
憂太は笑顔で応じながら、やるせなさに胸が痛んだ。
ただ単にお兄ちゃんと2人だけで花見がしたかっただけ。
だけど人間を害するなら、祓わなければならない。
ふと今は遠く離れてしまった妹のことを思った。
小さい頃、ちょこちょこと自分の後をついてくる妹は本当に可愛かった。
「桜、きれいだね。」
「そうだね。」
憂太は刀を引き抜くと一気に振り下ろした。
少女の形をした呪霊は、信じられないという顔で憂太を見上げる。
だがすぐに姿を消した。
きっとお兄ちゃんのところに行った。
そう信じたい。信じるしかない。
また悲しい思い出が増えた。
憂太は刀を戻し、桜の木に背を向けながらそう思った。
きっと桜を見れば、あの子を思い出す。
お兄ちゃんが大好きだと笑っていた、幼い呪霊の少女を。
特級術師は少々のことで動揺することは許されない。
だけど傷つかないわけではないし、悲しみも切なさもちゃんと感じるのだ。
憂太は振り返らず、静かに歩き出した。
散り始めた桜が、吹雪となって舞い散っている。
だけど今はそれを美しいとは思えない。
憂太は幼い兄妹の死を悼みながら、足早にその場を立ち去った。
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