飴玉ラプソディ

「何か、気持ち悪い」
きっぱりと断言された憂太は、その場に呆然と立ち尽くす。
同級生たちには彼の背後に「ガーン」という効果音が見えた気がした。

バレンタインデーの1か月後はホワイトデー。
製菓会社の販売促進の意図で作られたとされる、お返しの日だ。
この日に向けて、乙骨憂太は燃えていた。
なぜならバレンタインデーの日、憂太はやらかした。
五条に酒を使った手作りチョコを贈り、爆睡させたのだ。
だって五条がまったくの下戸だなんて、知らなかったから。

だからホワイトデーにリベンジすると決意したのだ。
そこで今回は飴を作ることにした。
作り方を調べてみれば、砂糖と水が主原料。
これならさすがに前回のような失敗はない。
なら今度こそ安全な甘味をプレゼントするのだ。

かくして憂太は飴作りに取り掛かった。
今度こそ上手くやる。
だからかなり前から予行演習とばかりにいろいろ試した。
砂糖の量や着色料などを変えて、イメージを広げて。

そして同級生の3人に試食を頼んだ。
客観的な意見が欲しかったからだ。
彼らは鬼気迫る勢いで飴玉を作る憂太を半ば呆れながら見ていた。
そこまで必死になる意味が理解できなかったからだ。
当たり前である。
気合いが入り過ぎて、憂太本人さえ何だかわからなくなっていたのだから。

そしてようやく訪れたホワイトデー前日の夜。
憂太は最後の試作品を同級生たちに振る舞った。
渾身の力作だ。
味も色も形もイメージ通りにできたと思う。
だけどそれを口にした同級生たちは微妙な顔をした。

「まずくはないんだけど」
真希が首を傾げながら、そう言った。
何とも微妙なリアクションに憂太は「どこがダメ?」と聞き返す。 
だが真希も狗巻もパンダも顔を見合わせて困っていた。

「はっきり言ってくれていいから!」
憂太は意を決して、身を乗り出した。
すると真希が「上手く言えないけど」と前置きをする。
あまり良いことは言われない雰囲気だ。
憂太は無意識に両手を合わせ、祈るようなポーズを取った。

「何か、気持ち悪い」
ついに下された評価に、憂太は肩を落とした。
するとパンダが「ぬるぬるする感じ」と追い打ちをかける。
狗巻は申し訳なさそうに、だけどしっかりと頷いて同意を示した。
憂太はガックリと肩を落として「ハァァ」とため息をつく。
気持ち悪いとか、ぬるぬるとか。
これなら「マズイ」って言われた方がマシだ。

こうしてホワイトデーは終わった、はずだった。
いや、実際終わったのだ。
事が起きたのは、その3日後。
憂太は朝から任務に出て、夕方高専に戻った。
そして報告をしに行った職員室で、五条につかまったのだ。

「ちょっと憂太!どういうこと!?」
「何がですか?」
「僕、憂太の飴、もらってないんだけど!?」
「へ?」
「真希たちにはあげたんでしょ?だけど僕、もらってない!」

それはどういうことですか?
憂太はただただ驚いていた。
なぜなら五条との間に、何か認識のずれを感じたからだ。
飴玉は元々五条に贈るつもりだったものだ。
だけど試食した真希たちから不評だったから、やめた。
それなのに五条は、自分だけスルーされたと思っているらしい。

「僕も食べたいなぁ!」
「いえ、先生に食べていただけるようなものじゃなくて」
「真希たちは食べたんでしょ?」
「はい。でも評判が悪くて、だから」
「そうなの?でも食べたいなぁ!」

この後も憂太は抵抗した。
好き嫌いなく何でも食べる同級生たちにさえ不評だったものを渡せない。
だけど五条は頑として引かないのだ。
諦めた憂太はガックリと肩を落とし、観念した。

「わかりました。部屋にあるんで取ってきます。だけど」
本当に失敗作なんですよ。
念を押そうとする前に、五条にがっちりと肩を抱き寄せられた。
そして次の瞬間、2人は寮の憂太の部屋に転移していた。

「は・や・く!」
五条は子供のようにはしゃいでいる。
なぜそこまで?と思ったが、聞ける雰囲気でもない。
もはや投げやりになった憂太は「どうぞ」と机の上の箱を差し出した。
五条に贈らないと決めたので、ラッピングもしなかった。
無造作に適当な容器に詰めて、そのまま置きっぱなしにしていたのだ。
その中には直径2センチほどのやや歪な飴玉が数十個、転がっている。

「うわぁ。綺麗だね。」
「ええ。色だけは」
楽しそうな五条に、憂太は力なく首を振った。
確かに見栄えだけは良いのだ。
だけどここで無駄にハードルを上げたくない。

「本当に期待しないでくださいね。」
五条は容器から飴玉を1つ摘まみ上げてマジマジと見つめている。
憂太は半ばヤケ気味に「五条先生の色ですよ」とボヤいた。
青い着色料を使った、五条の瞳をイメージした鮮やかな空色。
見た目は理想通りできたのに、肝心の味の評判が悪いのが無念だったのだが。

「いただきます」
五条は手に取った1つをパクリと口に放り込んだ。
その目がかすかに驚いたように見開かれる。
そして「すごく美味しい」と満足そうに目を細めた。
演技には見えないその様子に、憂太は「へ?」と間抜けな声を上げた。
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