誕生日の思い出

「よかった。過ぎてる。」
スマホの画面を確認した憂太は、小さく笑った。
日付が変わり、誕生日が昨日になったことにホッとする。
年に一度の記念すべき日は、憂太にとっては苦手なものだった。

「お誕生日、おめでとう」
そんな風に言ってもらったのは、もう何年前だろう。
里香が怨霊となってしまい、家族に疎まれるようになる前。
確かにそんな日はあったと思うが、もはやうろ覚えだ。
里香が周囲に危害を加えるようになって、部屋に引きこもって。
まともに家族と顔を合わせることさえなくなった。

妹の誕生日は、毎年普通にやっていた。
ケーキとプレゼントが用意され、夕飯の食卓には妹の好物が並んでいた。
だけど憂太がその席に呼ばれることすらなかった。
妹だけ祝福するのが、多少は後ろめたかったんだろうか?
そもそもめでたい日に、不吉な子供を同席させたくなかったのか?

別にそれを恨んでいない。
おめでとうと言ってくれなくていい。
ケーキやプレゼントがなくたっていい。
妹の誕生日に同席できなくたってかまわない。
だけどせめて「今日は誕生日だね」くらい言ってほしかった。
何もないと、生まれたことを否定されたような気になる。

こうして憂太は誕生日が嫌いになった。
高専に来て、同級生に誕生日を問われても答えずにごまかした。
だって1年で1番、苦手な日だから。
何もないただの日として、過ごしたかったのだ。

だから今回の任務はありがたかった。
関東近郊の人里離れた山中に潜む呪霊の討伐任務だ。
二級相当の呪霊、ただ数が多く、隠れるのが上手いらしい。
1人だと時間がかかりそうだが、他の術師と組むか?
補助監督にそう問われた憂太は「ひとりで大丈夫です」と答えた。
さらに送迎さえことわり、1人で出かけたのだった。

昼過ぎに山に入り、全て終わったのは深夜だった。
スマホを取り出し時間を確認すると、ちょうど日付が変わっていた。
憂太は「よかった。過ぎてる」と呟き、笑う。
任務に集中して何も考える間もないまま、1年で1番嫌いな日をやり過ごした。
憂太にしてみれば、ラッキーだ。

任務完了のメールを入れて、歩き始めた。
とりあえず最寄りの駅まで、行こう。
そこでタクシーを呼ぶか、始発電車を待つか。
おそらく頼めば、補助監督の誰かが車で来てくれる。
だけどそれは申し訳ない。

「始発を待つかな。タクシーはお金がもったいないし」
憂太はそんなことを呟きながら、山道を下っていく。
だけどすぐに、その前にコンビニか自販機だと思った。
ひどく喉が渇いている。
だけど持参したミネラルウォーターとお茶のペットボトルはもう空だ。
とりあえず最優先は水分の補給だろう。
だが見つからないまま山を下り切ったところで「え?」と声を上げた。

「先生。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないでしょ。迎えに来たんだよ」
舗装された道路に出たところに、五条が待っていた。
人も車も通らない暗い街灯の下で、白銀の髪が眩しい。
良く見れば寂れた郊外には似つかわしくない高級外車に凭れかかっている。
驚き目を丸くする憂太に、五条は助手席のドアを開けた。

「帰るよ?早く乗って」
「あ、ありがとうございます。。。」

何でわざわざ五条が迎えに来たのか?
よくわからないまま、憂太は車に乗り込んだ。
でもあまりにも当たり前という表情の五条に、質問するタイミングを逸した感じだ。
ドアを閉じ、シートベルトを締める。
すると運転席に座った五条に「はい」とペットボトルを差し出された。
ごくごく定番のスポーツドリンクの500ミリリットルだ。

「すみません。ありがとうございます。あの」
「お金はいいから。素直におごられなさいね」

財布を取り出そうとしたところで、ことわられてしまった。
すっかり恐縮しながら、ペットボトルの蓋に手をかける。
開けようとしたところで「それ」に気付いた憂太は「あ」と小さく声を上げた。

「先生、もしかして」
「眠かったら、寝ていいからね」
「ありがとうございます。」

憂太はスポーツドリンクを半分ほど飲むと、ペットボトルを見つめた。
隠したつもりだったけど、五条にはきっとバレてる。
誕生日が嫌いで、だから何もない振りをしていることを。
五条は変ななぐさめや心配など口にしない。
だけどエアコンで暖められた空気も、ほとんど揺れない丁寧な運転も。
言葉がなくても、五条の優しさを感じるのだ。

嬉しくて、照れくさくて、憂太はそっと目を閉じる。
高専に着くまで、眠ったふりをしよう。
だけど快適な車内で、気付けばすっかり爆睡していた。
それをもったいないと思ったのは、高専に着いて自分の部屋の戻った後だった。
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