after story15「Tip Off!!」

「ちょっと、意外かも。」
訓練の様子を一目見るなり、郁はそう呟く。
すると手塚が「ちょっとどころじゃないだろ」とツッコミを入れた。

正化37年4月、検閲抗争時の銃火器使用が規制された。
そして図書隊は新隊員を迎え、郁と手塚は錬成教官を拝命した。
所属部署では後輩を持たない郁たちにとって、かなり貴重な経験。
火器規制後初の隊員たちを育てるため、そして自分たちも成長するために毎日必死だった。

この日、2人は溜まりに溜まったデスクワークをこなした。
教官になれば、単に教えるだけでなく書類仕事もかなり増える。
そして書類を片づけると、そそくさと道場に向かう。
デスクワークの間、2人が受け持つ班は他の教官から実技指導を受けているからだ。

これは別に特別なことではなかった。
今年から銃規制がなされたため、銃を使った訓練の時間が減った。
その分の時間は、格闘術に当てられることになったのだ。
今後の抗争は、格闘や肉弾戦が増える。
担当教官だけではなく複数の教官からの指導時間を増やすのもその一環だ。

郁と手塚の班を指導していたのは、黒子と紫原だった。
驚いたことに男子隊員の指導を黒子が、女子隊員の指導を紫原が行なっている。
それを見た郁は「ちょっと、意外かも」と呟き、手塚が「ちょっとどころじゃないだろ」とツッコミを入れる。
身体の大きい紫原が男子、小柄な黒子が女子を見るのが普通だと思ったからだ。
ちなみに郁と手塚が組んで格闘技を見る時は、手塚が男子、郁が女子を指導する。

「意外とやるなぁ。黒子せ、三正」
「お前、今先生って言いかけたな。」
郁と手塚はまず男子を指導している黒子を見た。
男性隊員は小柄で細身の黒子を舐めてかかっているようだ。
実際、今黒子と組手をしている新隊員も薄笑いを浮かべている。
だが黒子は視線誘導の使い手で、相手の隙をつくのが上手い。
だから訳がわからないうちに倒されてしまうのだ。
でもあまりにも簡単に倒されるのを見ると、きっと油断していたのだろうと思う。
だから次の隊員も無防備に近寄り、また倒される。

「こっちは勝負になってないな。」
「だね」
紫原の方に目を移すと、一際小柄な女子隊員が組手をしていた。
だが紫原との身長差は約50センチ、完全に腰が引けている。
案の上、弱々しく組みに行って、あっさりいなされた。
こちらはその繰り返しだ。

「無理だよ。こっちは女だし、身体の大きさが違い過ぎるし」
「俺は格闘より、銃が撃ちたいんだけどな」
今、黒子と紫原に倒された2人の隊員が文句を言う。
郁と手塚は顔を見合わせ、頷き合った。
今のはそのままスルーできない発言だ。
だが郁たちが注意する前に、黒子が「安達一士、吉田一士」と声をかけた。

「安達一士、君は防衛部志望ですよね。もしも良化隊員と相対した時も同じことを言うんですか?」
「え?」
「あたしは女だから、身体が小さいから、手加減してくださいと?」
「・・・すみません。」

「吉田一士、銃が撃ちたいなら、来るのはここじゃないよ~?」
「あ、あの」
「抗争で何人撃たれて死んだと思ってるの?そんな根性でいるヤツ、迷惑だし邪魔なんだけど。」
「すみません。」

黒子が安達を、紫原が吉田を、叱責する。
厳しい口調ではなかったが、道場の中は緊張した空気になった。
2人もかなり堪えたようで、肩を落としている。
すると黒子が「堂上三正、手塚三正」と郁たちに声をかけてきた。

「覚悟が足りない隊員がいるようです。しっかり指導をして下さい。」
黒子は静かにそう告げると、紫原が「訓練、続けるよ~」と声を張る。
上層部では後方支援部の2人がどこまでできるのかと不安視している者も多いと聞く。
だが彼らは郁や手塚に負けないほど、しっかりと隊員を掌握しているようだ。

「了解しました!」
「ご指摘、ありがとうございます!」
手塚と郁が黒子に敬礼付きでそう答えると、安達と吉田を見た。
問題児2人は担当教官の睨みに気付き、わかりやすく落ち込んでいた。
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