after story6「針」

「黒子先生、手加減しませんよ!」
郁は高らかに宣言する。
黒子はいつもの無表情で「お手柔らかに。先生はやめましょう」と答えた。

月が替わり、黒子は特殊部隊に配属された。
バディは高校時代の先輩である伊月で、2人して堂上班の所属となる。
つまり堂上班は6名体勢で運用することになったのだ。

これには意図があった。
業務部や防衛部は毎年、一定数の新隊員が入って来るが、特殊部隊にはそれがない。
だから郁や手塚は後輩の指導経験がないのだ。
伊月はかろうじて防衛部時代に後輩を持った時期はあるが、あまりにも短い。
だから3人には来年、指導教官を経験させようという話がある。
その準備段階として、黒子の指導に当たらせようというのである。

「すみません。何かボクのせいで班替えになった感じですよね?」
黒子は伊月に頭を下げて、詫びた。
そして堂上班の面々を見回すと、深いため息をつく。
どうやらあまり気に入ってはいないらしい。

「黒子先生、堂上班、嫌なんですかぁ~?」
「ええ。何か捕り物ばっかりやってるイメージなので。先生はやめましょう。」
「え?堂上班ってそういうイメージなんですか?」
「はい。堂上三正がしょっちゅう犯人を追いかけてる気がします。」

黒子の忌憚のない意見に、郁は「え~!?」と不満の声を上げる。
だが男4名はがっくりと肩を落とした。
検挙率が高いと言えば聞こえはいいが、確かに捕り物が多いのだ。
それを感情のない黒子の声で指摘されると、何だか妙に疲れたような気分になる。

ともあれ、新生堂上班は6名体勢でスタートした。
まずは館内に出る前に、訓練の時間を増やすことにする。
特に黒子のポテンシャルを、しっかりと把握しなければならない。
いくら元アスリートとはいえ、長く後方支援部にいた黒子だ。
平均的な防衛員よりは劣るだろうと考えていたのだが。

黒子は予想以上に動けた。
もちろん特殊部隊の平均値には及ばないが、防衛員に混ざれば上位だろう。
銃を扱いなれていないのでハイポートこそタイムが遅いが、他は期待値を上回っている。
意外なのは格闘技だ。
護身術をかじったという黒子は強くはないが、攻撃を躱す術を身に着けていた。

ある程度訓練を重ねたところで、堂上は模擬戦を行なうことにした。
伊月、黒子組と手塚、郁組で、マッチアップさせる。
勝敗よりも黒子の訓練の成果、そして伊月とのコンビネーションを見るのがメインだ。

「黒子先生、手加減しませんよ!」
「お手柔らかに。先生はやめましょう。」
郁と黒子はそんなやり取りをしながら、軽く拳を合わせた。
伊月と手塚も「よろしく」「お願いします」などと声を掛け合う。

かくして2組の若いコンビの対決が始まった。
そしてその内容は、堂上たちの予想を大きく裏切ることになった。
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