第26話「大丈夫にする」

「教えてくれないか?」
堂上は静かに、黒子に詰め寄った。
努めて穏やかにしようとしているが、どうしても怒りが滲み出る。
だが黒子は戦闘職種の怒りに動じることなく「何をでしょう?」と聞き返した。

正化34年秋、被弾して戦線離脱していた堂上が復帰した。
特殊部隊の事務室には横断幕が掛けられ、大いに盛り上がった。
そして晴れてカップルとなった堂上と郁は、前以上に甘い雰囲気をまき散らすようになった。

彼らのいずれかに想いを寄せていた図書隊員も、少なからず存在する。
勘の良い者は2人の様子を見て、失恋を悟った。
そうでない者でも2人の距離が縮まったことはわかるようだ。
焦る者、チャンスをうかがう者、そしてため息をつく者。
図書館の恋は落葉のように静かに色づき、散っていく。

だが当の2人はまるで無頓着だった。
お互いを見ることに必死で、他のことなど目に入らないからだ。
柴崎率いる「見守ろうの会」だけが活発に動いている。
2人のラブラブっぷりを文字通り見守り、時に横恋慕する者を牽制する。
そして秋は、ゆっくりと深まっていくのだった。

そんなある日のことだった。
図書館内の巡回警備をしていた堂上は、いつものように書架をチェックする黒子を見つけた。
堂上が黒子の姿を見るのは、久しぶりのことだった。
入院中、黒子が病院に来ることはなかったし、復帰後は内勤と身体慣らしの訓練が多く組まれたからだ。
たまに館内に出ても時間が合わなかったようで、黒子と顔を合わせることがなかったのだ。

「黒子士長。教えてくれないか?」
堂上は静かに、黒子に詰め寄った。
努めて穏やかにしようとしているが、どうしても怒りが滲み出る。
黒子の、正確には黒子たちのブログのせいで、郁の陰口を叩く者がいるからだ。

亡命事件の直後、世間は図書隊を賞賛し、良化隊を非難した。
そして図書隊内では特殊部隊を含んだ原則派の指示が増えた。
特に捨て身の亡命作戦をやってのけた郁の評価も上がった。
そこに水を差したのが、あのブログである。
郁が街中で発砲したことが知れ渡り、一部の者たちから郁や特殊部隊を非難する声も上がっている。
上は主に行政派、そして下は郁を妬む者たちだ。
もちろん賞賛の声をすべて覆すほどではなく、あくまで陰口レベルではある。
だが当事者の1人である堂上の耳に入るほどであり、決して小さくはなかった。

「何をでしょう?」
黒子は戦闘職種の怒りに動じることなく、平然と聞き返した。
堂上とバディの手塚が厳しい目で睨んでも、小さく首を傾げただけだ。

「お前と紫原のブログにアップした写真の出所はどこだ?」
「言えません。」
「ネットから拾ったものか?」
「違います。全てちゃんと撮影者と直接会って許可を得ています。」
「あれを載せることで、どんな影響があるか考えなかったのか?」
「考えました。だから載せることにしたんですよ。」
「お前と笠原は、友人だと思っていたが」
「何と言われても、ボクたちは街中の発砲は間違っていると思います。」

黒子は頭を下げると、さっさと作業に戻ってしまった。
堂上はしばらく忌々し気に黒子を凝視していたが、黒子はまったく動じない。
諦めてまた館内を歩き出すと、手塚が黙ってそれに従った。

彼らには彼らのやり方がある。
だがやはり郁が槍玉に挙げられるような作戦は納得いかない。
割り切れない気持ちを抱えながら、堂上たちは日々任務をこなす日々を過ごした。

この数日後、毬江が図書館内のゴミ箱で破損したバーコードを発見する。
そして郁に「ブラッディ」という異名が増え、それが定着したところで年が変わった。
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