第25話「黒子レポート」
「つまりフラれたってことだよな。」
すぐ近くからそんな声が聞こえた。
声は潜めているけれど、わざと聞かせようとしているのだろう。
黒子は手も休めず、表情も変えず、作業を続けた。
当麻蔵人の最高裁判決の日から、1ヶ月が過ぎた。
当初は当麻の事件の話題で、図書館内も騒がしかった。
だが最近はようやく落ち着きを取り戻しているようだ。
黒子はそんなことを思いながら、淡々といつもの仕事をしていた。
書架を回り、破損や紛失した本がないかチェックする。
破損した本は修繕し、紛失した本は捜索する。
時には配架やレファレンスを手伝う。
これらの作業をしていれば、いろいろと気付くこともある。
利用者の好みや傾向、そしてそれに対応する図書館員たちの長所や改善点。
それらは日毎、週毎、そして季節や年毎に変わっていく。
図書館員では気付き得ない図書館内のそんな動きを定期的に報告書にまとめるのも、黒子の仕事だ。
黒子の洞察力を駆使したレポートは好評なのだそうだが、黒子自身はそこに興味はなかった。
ただ自分の仕事をして、図書館が少しでも居心地のいい空間にするために努力するだけだ。
そんな中、落ち着き始めた図書館内では、別の騒動が巻き起こっていた。
当麻蔵人の亡命事件に比べれば、ごくごくささやかなこと。
それは長年の両片想いを終えて、晴れて結ばれた2人のことだ。
彼らが付き合い始めたことが、静かに密やかに隊員たちの間に広まりつつあった。
もちろん当の2人に、何もできようはずがない。
その片割れは未だに入院中だし、もう片方は生まれて初めての両想いの恋に舞い上がっているのだから。
彼らに成り代わるように、特殊部隊の面々と見守ろうの会の会員たちが噂を広めているのだ。
何かと目立つ2人に、秘かに恋い焦がれていた者は多い。
そしてその恋人の座を夢見る輩には、しっかりがっつり太い釘を刺そうというものである。
黒子としては、特にその動きに対して思うことはなかった。
実は郁と黒子が恋人同士ではないかと噂する者もいる。
だがそれはまったくのデマだ。
黒子は郁のことを好きだが、それは郁にかつての相棒を重ねて見ているからである。
郁には青峰や火神と通じるものが多い。
頭を使うことはからきしダメで、考えるより先に反射で動く。
だがそれが案外的確で、信頼できたりするのだ。
そんな郁を見ていると愉快な気分にはなるものの、異性として恋愛の対象にはなりえない。
だから堂上と郁が結ばれたと聞けば、単純に嬉しいだけなのだが。
「黒子士長ってフラれたんだよね。」
聞こえよがしに、館内やバックヤードでそんな風に言う者がいるのだ。
しかも1人2人ではないし、男性とか女性に限ったことでもない。
どうやら彼らにすれば、黒子が郁にフラれたことになっているらしい。
やれやれ、面倒なことだ。
内心はため息をつきながらも、表面上は聞こえていない振りをした。
無表情に関しては黒子はスペシャリストであり、相手は「聞こえなかったのか?」という顔で首を傾げる。
そこへ1人の女性業務部員が「黒子士長」と声をかけてきた。
「面倒なら、排除しておきましょうか?」
長い黒髪をなびかせて、颯爽と現れたのは柴崎だった。
図書隊の華にして、堂上二正と笠原士長を見守ろうの会の会長だ。
黒子は「何でこんなデマが飛ぶんでしょう?」と聞いた。
「未だに堂上教官や笠原を諦められない未練がましいバカたちですよ。」
「それが何で、ボクのことを?」
「フラれたのが悔しくて黒子士長を同類にしたいヤツ。あとは黒子士長に行動を起こしてほしいヤツ。」
「もしかしてボクに略奪させたいとか思ってたりするんですか?」
「ええ。あと後方支援部にして破格の昇進をする黒子士長に嫉妬しているヤツです。」
「・・・確かに面倒ですね。」
柴崎の目的はもちろん牽制で、わざと聞こえるように話している。
黒子と郁の噂がいかに愚かしいか、しかも図書隊の華により蔑むように語られるのは強烈だ。
もちろん柴崎の目的は、郁をつまらない噂から守ることであり、黒子のことなど二の次だろう。
だが黒子はありがたく便乗することにした。
このところ何だかんだと騒がしく、うっとうしいのは間違いないからだ。
「館内で噂話だけでも恥ずかしいのに、デマで踊らされて。みっともない。」
「わかりました。今後噂されるようなことがあったら、誰であるかを業務部に申告します。」
黒子はそう告げると、柴崎は不満そうな顔になった。
黒子が「今後」と条件を付けたのが面白くないのだろう。
今まで噂していた全員の名を申告させて、処罰したかったということか。
だが黒子としては余計な手間もかけたくないし、今後なくなれば充分だ。
かくして堂上が復帰する頃には、郁と黒子の噂はまったくなくなった。
そして関東図書基地と武蔵野第一図書館には、無敵のバカップルが降臨したのだった。
すぐ近くからそんな声が聞こえた。
声は潜めているけれど、わざと聞かせようとしているのだろう。
黒子は手も休めず、表情も変えず、作業を続けた。
当麻蔵人の最高裁判決の日から、1ヶ月が過ぎた。
当初は当麻の事件の話題で、図書館内も騒がしかった。
だが最近はようやく落ち着きを取り戻しているようだ。
黒子はそんなことを思いながら、淡々といつもの仕事をしていた。
書架を回り、破損や紛失した本がないかチェックする。
破損した本は修繕し、紛失した本は捜索する。
時には配架やレファレンスを手伝う。
これらの作業をしていれば、いろいろと気付くこともある。
利用者の好みや傾向、そしてそれに対応する図書館員たちの長所や改善点。
それらは日毎、週毎、そして季節や年毎に変わっていく。
図書館員では気付き得ない図書館内のそんな動きを定期的に報告書にまとめるのも、黒子の仕事だ。
黒子の洞察力を駆使したレポートは好評なのだそうだが、黒子自身はそこに興味はなかった。
ただ自分の仕事をして、図書館が少しでも居心地のいい空間にするために努力するだけだ。
そんな中、落ち着き始めた図書館内では、別の騒動が巻き起こっていた。
当麻蔵人の亡命事件に比べれば、ごくごくささやかなこと。
それは長年の両片想いを終えて、晴れて結ばれた2人のことだ。
彼らが付き合い始めたことが、静かに密やかに隊員たちの間に広まりつつあった。
もちろん当の2人に、何もできようはずがない。
その片割れは未だに入院中だし、もう片方は生まれて初めての両想いの恋に舞い上がっているのだから。
彼らに成り代わるように、特殊部隊の面々と見守ろうの会の会員たちが噂を広めているのだ。
何かと目立つ2人に、秘かに恋い焦がれていた者は多い。
そしてその恋人の座を夢見る輩には、しっかりがっつり太い釘を刺そうというものである。
黒子としては、特にその動きに対して思うことはなかった。
実は郁と黒子が恋人同士ではないかと噂する者もいる。
だがそれはまったくのデマだ。
黒子は郁のことを好きだが、それは郁にかつての相棒を重ねて見ているからである。
郁には青峰や火神と通じるものが多い。
頭を使うことはからきしダメで、考えるより先に反射で動く。
だがそれが案外的確で、信頼できたりするのだ。
そんな郁を見ていると愉快な気分にはなるものの、異性として恋愛の対象にはなりえない。
だから堂上と郁が結ばれたと聞けば、単純に嬉しいだけなのだが。
「黒子士長ってフラれたんだよね。」
聞こえよがしに、館内やバックヤードでそんな風に言う者がいるのだ。
しかも1人2人ではないし、男性とか女性に限ったことでもない。
どうやら彼らにすれば、黒子が郁にフラれたことになっているらしい。
やれやれ、面倒なことだ。
内心はため息をつきながらも、表面上は聞こえていない振りをした。
無表情に関しては黒子はスペシャリストであり、相手は「聞こえなかったのか?」という顔で首を傾げる。
そこへ1人の女性業務部員が「黒子士長」と声をかけてきた。
「面倒なら、排除しておきましょうか?」
長い黒髪をなびかせて、颯爽と現れたのは柴崎だった。
図書隊の華にして、堂上二正と笠原士長を見守ろうの会の会長だ。
黒子は「何でこんなデマが飛ぶんでしょう?」と聞いた。
「未だに堂上教官や笠原を諦められない未練がましいバカたちですよ。」
「それが何で、ボクのことを?」
「フラれたのが悔しくて黒子士長を同類にしたいヤツ。あとは黒子士長に行動を起こしてほしいヤツ。」
「もしかしてボクに略奪させたいとか思ってたりするんですか?」
「ええ。あと後方支援部にして破格の昇進をする黒子士長に嫉妬しているヤツです。」
「・・・確かに面倒ですね。」
柴崎の目的はもちろん牽制で、わざと聞こえるように話している。
黒子と郁の噂がいかに愚かしいか、しかも図書隊の華により蔑むように語られるのは強烈だ。
もちろん柴崎の目的は、郁をつまらない噂から守ることであり、黒子のことなど二の次だろう。
だが黒子はありがたく便乗することにした。
このところ何だかんだと騒がしく、うっとうしいのは間違いないからだ。
「館内で噂話だけでも恥ずかしいのに、デマで踊らされて。みっともない。」
「わかりました。今後噂されるようなことがあったら、誰であるかを業務部に申告します。」
黒子はそう告げると、柴崎は不満そうな顔になった。
黒子が「今後」と条件を付けたのが面白くないのだろう。
今まで噂していた全員の名を申告させて、処罰したかったということか。
だが黒子としては余計な手間もかけたくないし、今後なくなれば充分だ。
かくして堂上が復帰する頃には、郁と黒子の噂はまったくなくなった。
そして関東図書基地と武蔵野第一図書館には、無敵のバカップルが降臨したのだった。
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