第22話「危機について」

「よぉ、久しぶり」
図書館内で知った顔を見つけた伊月は、声をかけた。
相手は巨体に似合わぬ緩い声で「そうだっけ?」と応じた。

ついこの間「あけましておめでとう」などと言っていた気がするのに、もう2月だ。
この時期、図書館内にはあちこちに貼り紙が増える。
内容は「図書館員は公務員であり、金銭・物品の贈与を受け取ることが禁止されています」というものだ。。
そして正方形の箱に可愛いラッピングとリボンがついた箱の上に大きく×印が書かれたイラストが添えられている。
理由は簡単、もうすぐバレンタインデーだから。
図書館員にチョコレートを渡そうとする利用者を牽制し、トラブルを避けるためだった。

こんな貼り紙で季節の移り変わりを感じるなんて、俺も風情がないな。
伊月は図書館内を巡回しながら、そんなことを思った。
だが得てして東京で暮らす現代人はそんなものだ。
武蔵野第一図書館のような比較的自然が多い中にいても、季節を感じるのはコンビニの期間限定商品だったりする。

だけどありがたいのは否めない。
黙っていればクールなイケメンと思われている伊月は、堂上班並みにモテるからだ。
貼り紙のおかげで渡されるチョコレートは圧倒的に減るし、それでも渡される場合は貼り紙を理由に拒否できる。
ちなみに伊月の外見に惹かれる大抵の女性は、伊月のことを知るとほぼ例外なく離れていく。
見た目に反して、まさかのダジャレ好きにドン引きするからだ。

「伊月」
貼り紙の前を通り過ぎたところで、バディの先輩隊員に警戒を含んだ声で呼ばれる。
伊月もそれに気付いて「はい」と答えた。
2人の視線の先にいたのは、かなり目立つ利用者だ。
2メートル超えの身長と存在感たっぷりの強いオーラ、だがそれ以前に有名人。
キセキの世代のメンバーであり黒子の中学時代のチームメイト、現在は良化隊員の紫原敦だ。

「ちょっと話をしてきていいっすか?」
「・・・了解。気をつけろよ。」
伊月が伺いを立てると、先輩隊員が少し考えた後に了承してくれた。
迷うことなど何もないんだけれどと、伊月は心の中で苦笑する。
もしも良化隊が何かを仕掛けるつもりなら、こんな目立つ男を差し向けたりしない。

「よぉ、久しぶり」
「そうだっけ?」
「茨城県展で見かけたけど、さすがに挨拶できなかった。」

伊月は軽い会話を交わしながら、紫原が1冊の本を持っていることに気付いた。
茨城県展の様子を1人の図書隊員と、良化隊員の独白で綴った本。
最近、自費出版コーナーに並んだばかりの「刹那のモノローグ」だ。
実は伊月はこの本ができる前に黒子から「取材」を受けており、図書隊員の独白内にその内容が多く入っている。
そしておそらく良化隊員側の意見は、紫原の言葉が反映されているのだろう。
お互いそれは理解しているが、口に出さないのが暗黙のルールだ。

「黒ちんに話があったんだけど、キミでもいいや。」
紫原は書架に本を戻しながら、相変わらずの緩い口調でそう言った。
そして伊月の横を通り過ぎて、出口に向かう。
紫原の話は一瞬だった。
すれ違いざまにたった一言、伊月の耳元で囁いたのだ。
それを聞いた伊月は驚き、我に返った時にはもう紫原の背中は10メートル以上先にあった。

感謝を言う時間もなかったな。
伊月は苦笑しながら、大きな後ろ姿を見送った。
そしてバディの先輩隊員のところに駆け戻ると「緊急事態なので、事務所に戻ります」と告げたのだった。

「良化隊は当麻蔵人の居場所をほぼ特定した。」
それが紫原が伊月に告げた内容だった。
おそらくは黒子に知らせに来たのだろうが、伊月でもいいと思ったのだろう。
伊月はすぐに事務所に戻ると、隊長代理の緒形にそれを知らせた。

良化隊が稲嶺邸に盗聴器を仕掛けるという荒業を仕掛けるのは、この数日後のことだった。
事前に情報を察知していた図書特殊部隊は、いくつかの作戦を考えていた。
その中には穏やかで安全なものもあったのだ。
ヘリでコンテナを吊るしてなどというド派手なものになったのは、病院を抜け出してきた玄田の意向だ。
その後のパス報道なども考慮し、絵的にインパクトのある作戦をチョイスしたのだった。

「だから特殊部隊には入りたくないんですよ。」
当麻と堂上、郁が命からがら帰還した手段を知った黒子は、そんな感想を述べた。
だがそれは伊月以外の誰も知ることなく、当麻事件は次のフェーズへと進んでいったのだった。
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