第21話「赤の帝王」
「教官はどう思いました?」
郁はカミツレのお茶を飲みながら、そう聞いた。
正化34年1月15日、堂上と郁は後に「カミツレデート」と呼ばれる公休日を楽しんでいた。
茨城での戦いを終えた特殊部隊は、東京へ帰還した。
美術展最優秀作品「自由」は守れた。
だがその代償は大きかった。
玄田や進藤ら、多くの隊員たちが負傷、離脱。
そして稲嶺の勇退。
決して素直に勝ちと喜べない戦いだった。
それでも立ち止まっている暇はない。
台長代理の緒形以下、全員が必死に頑張っている。
県展前と同じ戦力なのだと示さなければならない。
もしも今、良化隊が検閲に来たとしても、弱くなったと思わせてはならないのだ。
特殊部隊の影で後方支援部は、しっかりと仕事をしていた。
茨城県立図書館の蔵書を増やし、窃盗を働いていた図書館員を摘発した。
そしてさらに業務部員を鍛え直したところで、業務部へと引き継いだのだ。
しばらくの間は、武蔵野第一および第二図書館の業務部員が交代で出張し、茨城の図書館員たちを指導監督した。
だが特権意識を叩き直すという、一番憎まれる部分は黒子がやっている。
武蔵野から出張する業務部員たちは、ただ単に業務的なフォローをするだけで済んだ。
その功績も認められて、黒子は士長に昇任した。
そんな激動の1年の終わり、自費出版のコーナーにまた新しい本が並んだ。
タイトルは「刹那のモノローグ」茨城県展のことを書かれた本だ。
主人公は2人、1人は図書隊員でもう1人は良化隊員。
彼ら2人が章ごとに入れ替わって、茨城での様子を語る。
それぞれの立場から見た茨城県展の様子が、モノローグという形で書かれていた。
そして黒子はこの本の書評をブログで載せた。
図書隊にとっても、良化隊にとっても空しい戦いだった。
それが主人公2人の独白から伝わってくる。
そんな風に綴られる黒子の書評は、実に巧妙だった。
この本は特に茨城の抗争の嫌な部分を多く取り上げて、描写している。
その本を褒めることは、あの抗争が意味のないものだと言外に告げているようなものだ。
そしてその効果もあり「刹那のモノローグ」は貸し出し予約が殺到している。
郁はその本を年明け早々に読んだ。
本来なら予約待ちの本は、何となく遠慮するものだ。
だが図書館は年末年始の休館に入ったところで、数冊ある在庫のたまたま1冊が館内にあったからだ。
年始の開館日までに書架に戻せばいいと、郁は本を借りた。
そしてその内容があまりに救いがないものであることに、少なからずショックを受けた。
本の中で図書隊員も良化隊員も、この戦いはまったくの無意味だと語っていたのだ。
「教官はどう思いました?あの本」
郁はカミツレのお茶を飲みながら、そう聞いた。
正化34年最初の公休日、郁は堂上とカミツレのお茶を飲みに出かけた。
食事をし、デザートとお茶を楽しみながら、他愛のないお喋りをする。
そんな至福の時間の中で、郁はかの本を話題に上げた。
「『刹那のモノローグ』か?」
堂上はあの本という言葉と、郁の表情から察したようだ。
もちろん堂上も本を読んでおり、眉間にシワを寄せた。
残念ながら妄言だなどという慰めはきかない。
それほどリアリティがある内容だった。
「悔しいが、あの本のかなりの部分は真実だ」
「・・・ですよね」
「だが全てじゃない。俺たちは前を向いて進むしかない。」
堂上は静かにそう告げた。
あの内容を受け止めて、でも何でもない顔で前に進むしかない。
すると郁は「わかってるんですけどね」と寂しそうに笑う。
郁も心の奥底では、もうそれを理解しているのだ。
新人の頃とは違い、目先の感情でオロオロと狼狽えることはない。
だが感情を出さずにやり過ごすことができない程度には、若かった。
「せっかくの休みだ。楽しいことを話そう。」
郁は「はい」と頷き、カミツレのお茶を飲んだ。
だがそれから程なくして、2人は基地に戻ることになってしまったのだった。
郁はカミツレのお茶を飲みながら、そう聞いた。
正化34年1月15日、堂上と郁は後に「カミツレデート」と呼ばれる公休日を楽しんでいた。
茨城での戦いを終えた特殊部隊は、東京へ帰還した。
美術展最優秀作品「自由」は守れた。
だがその代償は大きかった。
玄田や進藤ら、多くの隊員たちが負傷、離脱。
そして稲嶺の勇退。
決して素直に勝ちと喜べない戦いだった。
それでも立ち止まっている暇はない。
台長代理の緒形以下、全員が必死に頑張っている。
県展前と同じ戦力なのだと示さなければならない。
もしも今、良化隊が検閲に来たとしても、弱くなったと思わせてはならないのだ。
特殊部隊の影で後方支援部は、しっかりと仕事をしていた。
茨城県立図書館の蔵書を増やし、窃盗を働いていた図書館員を摘発した。
そしてさらに業務部員を鍛え直したところで、業務部へと引き継いだのだ。
しばらくの間は、武蔵野第一および第二図書館の業務部員が交代で出張し、茨城の図書館員たちを指導監督した。
だが特権意識を叩き直すという、一番憎まれる部分は黒子がやっている。
武蔵野から出張する業務部員たちは、ただ単に業務的なフォローをするだけで済んだ。
その功績も認められて、黒子は士長に昇任した。
そんな激動の1年の終わり、自費出版のコーナーにまた新しい本が並んだ。
タイトルは「刹那のモノローグ」茨城県展のことを書かれた本だ。
主人公は2人、1人は図書隊員でもう1人は良化隊員。
彼ら2人が章ごとに入れ替わって、茨城での様子を語る。
それぞれの立場から見た茨城県展の様子が、モノローグという形で書かれていた。
そして黒子はこの本の書評をブログで載せた。
図書隊にとっても、良化隊にとっても空しい戦いだった。
それが主人公2人の独白から伝わってくる。
そんな風に綴られる黒子の書評は、実に巧妙だった。
この本は特に茨城の抗争の嫌な部分を多く取り上げて、描写している。
その本を褒めることは、あの抗争が意味のないものだと言外に告げているようなものだ。
そしてその効果もあり「刹那のモノローグ」は貸し出し予約が殺到している。
郁はその本を年明け早々に読んだ。
本来なら予約待ちの本は、何となく遠慮するものだ。
だが図書館は年末年始の休館に入ったところで、数冊ある在庫のたまたま1冊が館内にあったからだ。
年始の開館日までに書架に戻せばいいと、郁は本を借りた。
そしてその内容があまりに救いがないものであることに、少なからずショックを受けた。
本の中で図書隊員も良化隊員も、この戦いはまったくの無意味だと語っていたのだ。
「教官はどう思いました?あの本」
郁はカミツレのお茶を飲みながら、そう聞いた。
正化34年最初の公休日、郁は堂上とカミツレのお茶を飲みに出かけた。
食事をし、デザートとお茶を楽しみながら、他愛のないお喋りをする。
そんな至福の時間の中で、郁はかの本を話題に上げた。
「『刹那のモノローグ』か?」
堂上はあの本という言葉と、郁の表情から察したようだ。
もちろん堂上も本を読んでおり、眉間にシワを寄せた。
残念ながら妄言だなどという慰めはきかない。
それほどリアリティがある内容だった。
「悔しいが、あの本のかなりの部分は真実だ」
「・・・ですよね」
「だが全てじゃない。俺たちは前を向いて進むしかない。」
堂上は静かにそう告げた。
あの内容を受け止めて、でも何でもない顔で前に進むしかない。
すると郁は「わかってるんですけどね」と寂しそうに笑う。
郁も心の奥底では、もうそれを理解しているのだ。
新人の頃とは違い、目先の感情でオロオロと狼狽えることはない。
だが感情を出さずにやり過ごすことができない程度には、若かった。
「せっかくの休みだ。楽しいことを話そう。」
郁は「はい」と頷き、カミツレのお茶を飲んだ。
だがそれから程なくして、2人は基地に戻ることになってしまったのだった。
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