第2話「地下書庫にて」

「あの。堂上二正」
背後から不意に声をかけられた堂上は「うわ!」と声を上げた。
そして慌てて振り返ると、そこには異様に影が薄い図書隊員が立っていた。

この日は堂上班になって、初の地下書庫業務。
利用者にリクエストされた図書を、広大な地下書庫から捜し当てて、届ける仕事だ。
特殊部隊の他班はだいたい5、6名で構成されており、ただでさえ4名の堂上班にはしんどい作業だ。
その上、郁は図書分類法を把握しきれておらず、完全に足手まといになっていた。
それをカバーしながら動くので、どうしても遅くなる。

それでも午前中は何とかこなしていた。
だが午後になると利用者はさらに増え、リクエストはどんどん増えていく。
次第に差し戻されるものも増えてきた。
あまりにも待たされるので、リクエストがキャンセルされてしまったのだ。

これはまずい。
堂上が焦り始めたとき、背後から声をかけられたのだ。
そしてあまりにも影が薄い図書館員に、唖然とした。
いくらリクエストに集中していたとはいえ特殊部隊、戦闘職種なのだ。
まったく気配を感じさせずに真後ろに立たれるなんて、あり得ない。
だが影の薄い図書館員はそんな堂上の驚きなどおかまいなしにペコリと頭を下げた。

「後方支援部の黒子テツヤ二士です。地下書庫のヘルプに入るようにと言われました。」
黒子と名乗った図書館員はそう言った。
人数が増えるのはありがたいが、彼のスキルがわからない。
影が薄すぎて、仕事ができる感じがしないのだ。
さてどうしたものかと堂上が迷うより先に、黒子は「笠原一士をサポートします」と言い出した。

「ちょっと待て。いきなり大丈夫か。。。て、あぁ!?」
堂上は思わずコントのように叫んでいた。
さっきまですく近くにいたはずだった黒子は、もう姿が見えなくなっていたからだ。
もしかして忙しさのあまり、幻覚を見たのか?
そんなことを真剣に考えてしまうほど、彼が鮮やかに姿を消していた。

慌ててキョロキョロと辺りを見回すと、黒子はもう部下2人に声をかけていた。
しかも手塚も郁も声をかけられた瞬間に「うわぁ!」と叫んでいる。
堂上同様、気配のほとんどない影が薄い男にいきなり声をかけられて驚いたのだろう。

大丈夫か?
堂上が思案していると、手塚がチラリとこちらを見た。
郁には「わからないことは、手塚に聞け」と指示している。
その役目を黒子に振っていいのかと、確認しているのだろう。
こうしている間にもリクエストはどんどん入って来るし、迷っている時間はなさそうだ。
堂上は1つ頷くと、手塚は軽く一礼して郁たちから離れた。

結果として、堂上の心配は杞憂だった。
黒子は郁をリードして、見事にリクエスト業務をこなしたのだ。
指示するのが黒子、走り回るのが郁と分担し、2人でちゃんと2人分の仕事ができていた。
それでいて、単に郁を何も考えさせずに走り回らせたわけではない。
黒子はリクエスト図書の書架の番号に関連付けさせる「言葉」を足して、郁が記憶するように仕向けている。

だけどその関連付けの「言葉」がすこぶる変わっている。
黒子は書架の番号のほかに「ストロベリー」だの「バニラ」だの「チョコレート」だの甘そうな言葉を添えていた。
後で聞いたところによると、アイスクリームの種類だそうだ。
ジャンルと郁の好きなアイスの種類を関連付けさせて、場所を憶えさせているらしい。
横目で2人の様子を見ていた男3人は、唖然呆然だ。
手塚は理解不能と言わんばかりの表情で、小牧は忙しい中、何度も上戸に沈みかけた。
堂上としてもこれでいいのかと思うが、とりあえずこの場は上手く回っている。
そして1日が終わる頃には、郁は指示がなくてもリクエストを探し出せる確率が上がっていた。

「黒子君、上手いね。上官としてああいう指導法もあるって見習うべきなんだろうけど。」
「見習えないだろ。俺たちには無理だ。」
今日何回目かわからない上戸に沈みそうな小牧の言葉に、憮然とした堂上が答えた。
おかげで堂上班の初めての地下書庫業務が何ともしまらないものとなってしまったのだ。
それでもこれで郁のスキルが上がるなら、まぁよしとするしかなかった。
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