第18話「嵐の前」

「そのつもりで、あたしにかかってこい!」
郁は盛大に啖呵を切った。
その出来事は郁や女子防衛員たちの処遇以外にも、小さな余波を生み出していた。

「あたしと付き合ってください!」
配架中の黒子は、背中から怒鳴り付けられた。
正確には告白されたのだが、黒子本人は怒鳴られたとしか思えない。
それほど情緒にかけるものだったのだ。
だから黒子は告白とは思わなかったのも、無理もない。

「業務のことでしたら、業務部の方にお願いしてください。」
黒子は冷静にそう答えた。
声をかけてきたのは、茨城県立図書館の女性業務部員だ。
だから当たり前に、手を貸してほしいという意味だと思ったのだ。

「違います!そういう意味じゃなくて」
「はい」
「恋人として、お付き合いしてほしいって意味です!」
「・・・なぜですか?」

黒子としては、ごくごく普通に芽生えた問いだった。
何しろ彼女のことは、館内で何度か見るのでかろうじて顔を知っているという程度だ。
挨拶以外で喋ったこともなく、名前もうろ覚え。
まるで接点のない他人に「恋人として」などと言われる理由は、まったく思いつかない。

「それはあれよ。玉の輿狙い?」
その日の業務終了後、後方支援部用に用意された作業部屋で、桃井が種明かしをしてくれた。
ちなみに黒子と葉山、実渕、根武谷と桃井は、毎日業務終了後に必ずここに集まる。
お茶やコーヒーを飲んだり、お菓子をつまみながら、1日起こったことを話し合うのだ。
雑談の形をとってはいるが、もちろん情報共有である。

「玉の輿ですか?ボクの家、金持ちでも何でもないですよ。」
「この場合は武蔵野第一図書館勤務って肩書き。あの笠原さんの食堂での啖呵で」
「それがどう関係するんです?」
「須賀原館長よりも、武蔵野第一図書館から来た人たちの方が後ろ盾が強いってことに気付いたわけ。」
「そんなことで告白を?」
「そう。自分の立場をより強固にしたいってこと。」
「仕事でそれをしようとは、思わないんでしょうか。」
「おそらく仕事を正しく評価するような上官は、ここにはいないんじゃないかな。」

桃井と黒子の会話を、助っ人3人組が「へぇぇ」「なるほど」などと言い合っている。
どうやら葉山と実渕にもアプローチはあったらしい。
意味がわからず最後まで会話がかみ合わなかった黒子と違い、しっかり理解した上でことわったようだが。
驚いたのは年配女性の扮装をしている桃井で、若い男性業務部員からアプローチを受けたらしい。
桃井曰く「彦江って名前が効いてるのよ」と笑っていたが。

「この分なら特殊部隊も狙われそうね。」
「男性陣は大丈夫でしょう。問題は笠原士長ですかね。」
「あ~、彼女は無自覚っぽいから」
黒子と桃井が話を続けようとしたとき、ひたすら無言で菓子を頬張っていた根武谷が「あのよぉ」と声を上げた。

「オレは誰からも何も言われてないんだけど」
唐突なカミングアウトに、全員が言葉を失った。
ほぼ全員、黒子までもがアプローチをかけられている状況で、根武谷はスルーされたらしい。
おそらく見た目の怖さで敬遠されたのだろう。

「見る人が見れば、根武谷さんのよさはわかりますよ。」
黒子が何とも微妙なフォローをすると、全員がついに吹き出した。
だが当人は「まぁいいか」と開き直り、また猛然と菓子を食べ始めたのだった。
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