第17話「茨城入り」

「こんにちは」
背後から至近距離で声をかけられた郁は「うはぁ!」と声を上げて飛び上がった。
声の主、黒子はいつもの無表情のまま「そんなに驚かなくても」と文句を言った。

図書特殊部隊は、茨城県展の応援に来ていた。
もちろん郁を含む堂上班もだ。
立派に任務を果たしてみせると意気込んでやって来て、数日。
郁は、早くもぐったりしていた。
なぜなら水戸準基地の状況は、ひどいものだったからだ。
特に女子寮での業務部と防衛部の関係は、郁を疲弊させるには充分だった。

そんな中、予想外の人物が現れた。
図書管理のエキスパート、黒子である。
郁は「黒子先生!」と声を上げると、黒子に抱き付いた。
黒子はされるがままに揺すぶられ、手がぷらんぷらんと揺れる。
だがそうしながらも「先生はやめて下さい」と最早お決まりの訂正を入れるのは、忘れなかった。

「そう言えば、来るって言ってましたね~♪」
「その言い方では、忘れてましたね。」
浮かれる郁と、冷静にツッコむ黒子。
ここが茨城だと忘れてしまうほど、よく見る光景が展開された。

「ええと、御一緒の方々は?」
郁はようやく黒子と一緒に3人の男が一緒であることに気付いた。
黒子と同じように、館内業務用の制服姿だ。
だが郁は彼らに見覚えがなかった。
いくら顔覚えが悪くても、以前に会っていたら覚えているだろう。
それほど個性的な3人組だった。

1人はくりッとした猫目の、少年っぽい雰囲気の男。
もう1人は、長い眉毛とどこか色っぽい中性的な印象の男。
最後の1人は、特殊部隊のゴツいオッサンたちの中に入っても違和感がないような大柄で野性味溢れる男だ。

「彼らはうちの社員です。日頃は別の仕事をしていますが、今回は助っ人です。」
黒子はそう言いながら、1人1人の名前を教えてくれる。
だが郁は、自分の認識力で一度に3人のフルネームを覚えるのは無理だと放棄してしまった。
ただでさえここの隊員の顔と名前を記憶することに、少ない能力を使ってしまっているのだ。

「それで笠原士長、玄田三監はどちらでしょう?」
「へ?」
「玄田三監にお願いしたいことがあって来たんですけど。」
「・・・え?そうなんですか?」
「まさか笠原士長に挨拶に来たとか、思ってませんよね?」

実はそう思っていた郁は「エヘヘ」と笑う。
すると中性的な雰囲気の男が「あら、かわいいじゃな~い?」と身を乗り出してくる。
見た目に違わぬオネエ言葉に、郁が身構える。
そこへすかさず堂上が「玄田隊長はあちらです」と割って入った。
郁本人は自覚はないが、郁が困っている場面は絶対に見逃さないのが堂上なのだ。

「うわ、助けに入った。まるで王子様みたい~♪」
オネエ言葉の男が、なよっと身をくねらせて堂上に近寄る。
だが横に並んだところで「残念。この身長さは無理だわ~」と肩を落とし、スッと離れた。
この男の身長は190センチを超えており、堂上とは頭1つ分違うのだ。

「・・・なんか、すみません。」
さすがにこの展開を見かねたのか、今度は黒子が割って入ってきた。
王子様と身長、2つのコンプレックスを突かれた堂上は「あやまるな」と呻いた。
この上、黒子の感情のない声で詫びられると、なぜか傷を抉られているような気になるのだ。

「で、黒子が連れてたあの3人は誰だ?」
黒子たちが玄田がいる防衛部の部屋に向かうのを見送りながら、堂上は郁に聞いた。
すると郁は「後方支援部で同じ会社の、えーと」と首を傾げる。
だが数秒の間の後、あっけらかんと「忘れちゃいました!」と叫んだ。
これには堂上だけでなく、聞き耳を立てていた小牧や手塚、他の隊員たちも盛大にズッコケた。
気付くと水戸の防衛員たちまで、笑いを堪えた微妙な表情になっていた。

まぁそれが笠原だから。
この場に居合わせた特殊部隊の隊員たちは、全員がそう思った。
どんな苦しい場面でも、緊迫した状況でも、場を和ませて、みんなを笑顔にする。
しかも計算抜きで無自覚にやれるのが、郁の強さだ。
1/5ページ