第15話「もう大丈夫」

「おめでとうございます。」
黒子はそれで祝っているのかとツッコみたくなるような平坦な声で、そう言った。
郁は嬉しそうに、手塚は照れくさそうに「「ありがとうございます」」と答えた。

郁、手塚、柴崎が揃って士長へ昇任した。
昇任試験に合格したのだ。
実技試験はダントツのトップだが、筆記はスレスレだった郁。
逆に筆記はほぼ満点、実技は冷や汗モノだった手塚。
どちらも無難に上位だった柴崎。
一口に合格と言っても、内容は三人三様だった。

ちなみに黒子は、未だに警護対象のままだった。
堂上班は警護と昇任試験対策を同時進行でやっていたのだ。
黒子は「忙しいときに恐縮です」と少しも恐縮していない口調で言った。
そして堂上たちの手間を減らすために、デスクワークは特殊部隊の事務室ですることが増えた。

その合間に、黒子は郁と手塚に視線誘導の手ほどきをした。
士長昇任試験の実技は読み聞かせ、そのとき子供の注意が逸れそうになった場合にこちらを注目させる技だ。
だが2人とも幸か不幸か、それを使うことなく終わった。
郁は「すみません。せっかく教えてもらったのに」と申し訳なさそうに頭を下げた。
だが黒子は「別にかまいませんよ」と涼しい顔だ。
そしてそれで祝っているのかとツッコみたくなるような平坦な声で「おめでとうございます」と言ったのだった。

こうして特殊部隊の末っ子2人の階級章が新しくなり、堂上班の勤務は少し楽になった。
黒子の警護がメイン業務だが、その黒子は入寮しており、デスクワークも特殊部隊の事務室。
つまり館内にいるときだけ注意すればいいのだ。

この日も黒子は書架を回り、チェック作業をしていた。
先日の昇任試験の影響か、絵本のコーナーで汚れや破損が普段より多い。
黒子はそれらを抜き出し、ワゴンに載せていく。

堂上班は黒子の周辺を警戒しながら、館内を巡回していた。
今日は堂上と手塚、小牧と郁がバディだ。
だが郁が黒子のそばを通り過ぎようとしたとき、その声が聞こえた。

「何で査問受けてたヤツが昇任できるのよ。おかしくない?」
「特殊部隊だとそういうのは揉み消せるんじゃない?」
それを聞いた郁の顔が思わず強張った。
明確に名前こそ上がっていないが、郁のことを言っているのは明白だった。
話しているのは郁たちより1年先輩の女性業務部員2人。
彼女たちは今回、郁たちと同じ試験を受けたのに不合格だった一士たちだ。
どうやら郁と小牧はすぐそばにいることには、気が付いていないようだ。

「気にすることないよ。」
小牧が郁の肩をポンと叩くと、件の女性業務部員たちの方に向かおうとする。
郁の上官としては、聞き捨てならない。
だがその前に黒子が「あの」と声をかけた。
相変わらず気配がなかったため、2人は「きゃあ!」と声を上げた。

「この本、昇任試験で借りられてましたよね?」
黒子は修理に回そうとワゴンに載せていた2冊の絵本を見せた。
2人の女性業務部員は、胡散臭そうに黒子を見ながら頷く。
その態度は悪く、1人は小さく「何、コイツ」と悪態をつくほどだ。

「こっちの本は背表紙に折りグセがついちゃってます。こっちはシミ。お菓子の食べこぼしですよね?」
黒子の言葉に2人は絶句した。
だはすぐに「それは元々よ」「あたしたちが借りた時には汚れてたわ!」と叫ぶ。
だが黒子のいつものポーカーフェイスは、少しも揺らがなかった。

「後方支援部を舐めないで下さい。昇任試験前に絵本は全部チェックしてるんですよ。」
「そ、それは」
「他人の悪口を言う前に反省してください。ちなみに今回の絵本の破損状況は業務部に提出されますから。」
「ちょ、ちょっと」

2人の女性業務部員はオロオロと取り乱しながら、黒子を呼び止める。
だが黒子は振り返りもせず、本のチェック作業に戻った。
その様子を見ていた小牧は「出番なしかぁ」と苦笑した。

「やっぱり黒子先生、優しいなぁ」
郁がポツリと呟いたので、小牧は「先生はやめてくださいって言われるよ?」と茶化した。
その後、この件は小牧から堂上に伝えられ、班長会議で報告される。
そして2人の女性業務部員は、特殊部隊に敵認定されることになったのだった。
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