第14話「入寮」

「それで足りるんですか?」
郁は思わずそう聞いた。
黒子はいきなり背後から声をかけてきた郁に動じることなく「ええ、充分です」と答えた。

もうすぐ士長昇任試験だ。
郁たちに課せられた実技は、子供への読み聞かせ。
そこで郁はこうして休憩時間、図書館の敷地内を歩いて木の実や葉っぱを集めていた。
子供向けのパズルを作るためだ。

そこで郁は黒子を見つけたのだ。
ベンチの1つに腰を下ろすと、本を読みながらサンドイッチを食べていた。
本は図書館で借りたもの、サンドイッチは近くのコンビニで買った物。
そして申し訳程度に添えてある紙パック入りの野菜ジュース。
いつもながら質素でシンプルな黒子スタイルだ。

「それで足りるんですか?」
「ええ、充分です。」
背後からそっと近づいて声をかけたのに、黒子は全然驚かない。
郁は「面白くな~い」と口を尖らせたが、黒子は平然と「バレバレですよ」と答えた。

ここ最近、黒子の動きは目立つ。
ブログで書評という形で発信する意見は、一見に値する。
検閲撤廃という明確な意思が感じられるのだ。
だがその裏で多くの人間が水面下で動いている気配があり、不気味だった。

郁としては何とも複雑な気分だった。
図書館業務に詳しい黒子に、郁は何度となく助けてもらっている。
悪い人間ではないというのも、よくわかる。
だが特殊部隊は、黒子を警戒している。
黒子が考える検閲撤廃へ向けての手法には、特殊部隊は不要と言う考え方が見えているからだ。
このまま友人として付き合いたいのだが、お互いの立場を考えれば距離を置くべきなのか。

だが郁にはやはりそれはできない相談だった。
こうして顔を合わせれば、声をかけてしまう。
黒子もまったく屈託のない様子で、応じてくれるのだ。

「笠原一士は、掃除中ですか?」
「え?何で?」
「袋に木の葉を大量に入れているように見えたので」
「目敏い!」

黒子に声をかける直前まで、郁は昇任試験用に木の葉を集めていたのだ。
それをコンビニの白い袋に入れていた。
透明ではないので目を凝らさなければわからないし、そもそも黒子の背後から声をかけた時点では袋さえ見えない。
つまり黒子はずっと郁に気が付いていたのだろう。

「ええと、内緒なんだけど、黒子先生にだけ話します。これは士長昇任試験で使うもので」
「ああ。なるほど。今年は読み聞かせでしたっけ。木の葉を使ってやるなんて面白そうですね。」
「そう思います~?」
「ええ、もちろん。他の皆さんは絵本ばかりだし、意表を付けるんじゃないですか。」
「やった!嬉しい!」
「筆記さえクリアできれば、合格できるんじゃないですか。」
「鋭い!その通りです。ところでくれぐれも」
「内緒ですね。わかりました。あと『先生』はやめてください。」

黒子が内緒と言ったら、きっと絶対に誰にも言わない。
それに詳細はわからないなりに「面白そう」とか「意表を付ける」などと褒めてくれるのだ。
しかも「筆記さえクリアできれば」なんてこともちゃんと言う。
つまり意味のないお世辞ではなく、ちゃんと黒子の意見を言ってくれているのだ。

「そろそろ時間なので、これで。昇任試験、頑張ってくださいね。」
「ありがとうございます!」
郁は黒子に深々と頭を下げながら、去っていく黒子を見送った。
やっぱり嫌いにはなれないなぁとひとりごちたとき、それは起きた。
全身黒づくめの男が2人、黒子の前に立ちはだかったのだ。
そして「黒子テツヤだな」と叫ぶなり、1人は黒子の前に立ち、もう1人は背後に回り込む。

前に立つ男が、何かを取り出した瞬間、郁はもう駆け出していた。
黒子が前に立つ男を走ってきた勢いそのままにドロップキックで蹴り飛ばす。
その間に黒子は背後の男に体当たりすると、首筋にスタンガンを当てていた。
スイッチを入れると、男は一瞬で意識を飛ばし、その場に崩れて落ちた。
一瞬の制圧劇だ。
そして郁は集まってきた図書隊員に向かって「特殊部隊に連絡してください!」と叫んだ。

「申し訳ありません。」
黒子が頭を下げた理由は、郁が途中で放り出したコンビニ袋から木の葉が地面にばらまかれてしまったことだ。
郁は蹴り飛ばした男に馬乗りになって押さえ込みながら「大丈夫です」と笑う。
ほどなくして堂上と小牧、手塚が走って来るのが見えた。
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