第11話「戦闘不要」

「今度は良化批判か。」
「まったく神出鬼没だねぇ。」
館内を巡回していた堂上と小牧は、そんなことを言いながら同じ方向を見る。
2人の視線の先では、黒子が1人で黙々と図書のチェック作業をしていた。

黒子はまたしても自費出版のコーナーに、新しい本を並べた。
前回の本は、郁の査問をモデルにした図書隊内部のドロドロとした人間模様の話だった。
ある意味、内部情報のリークとも思われる内容だし、作者は黒子本人だという疑いもある。
もしかして黒子の何らかの処分が下るかと思ったが、何もなかった。
そして黒子はいつも通り、淡々とポーカーフェイスで仕事をしている。

黒子は図書隊を内部から潰そうとしているのか。
特殊部隊ではそんな疑いを持っている。
だから要注意人物としてマークしていた。

だが実際、手出しはできなかった。
なぜかこの件では司令の稲嶺が動こうとしていないからだ。
目の前で怪しい動きをされているのに、何もできないのは辛い。
例えるなら、痒いのにあと少しで手が届かないような気持ち悪さだ。

そんな中、黒子はまた自費出版の本を書架に置いたのだ。
タイトルは「ボクの日常」という素っ気ないもの。
中身はひねりのない平易な言葉ばかりが使われている。
文章というより、メモのような感じだった。

だがその内容は、驚愕するべきものだった。
それは良化隊員の日記だったのだ。例えば。

今日は武蔵野第一図書館の検閲。
対象の本は奪えず。
頭に来た先輩が、図書館の庭や壁を撃ちまくって憂さ晴らし。

バレンタインデー、駅前の大型書店を検閲。
理由はかわいい女店員が多い店だから。
班長、先週恋人にフラれたばかり。

こんな感じで、良化隊員の日常が記されていた。
もちろん黒子はしっかりとブログでコメントしていた。
真偽のほどは定かではないが、良化隊員という仕事に興味が持てる作品であると。
この本もまた話題になり、貸し出しは予約待ち状態になった。

この件で特殊部隊はまた頭を抱えることになった。
図書隊を攻撃したと思ったら、今度は良化隊である。
黒子はいったい敵なのか、味方なのか。

堂上は小牧とペアで、館内を巡回していたところで黒子を見かけた。
相変わらず何を考えているのか、まるでわからない無表情っぷりだ。
郁の査問が終わり、ようやく一息つけたところだというのに気分は晴れない。
それに堂上たちにはもう1つだけ、気がかりがあった。

「笠原さんは黒子一士を信頼してるんだよねぇ。」
小牧が堂上の憂いを代弁するように、そう言った。
堂上は返事の代わりに眉間のしわを深くした。
郁は黒子のことを「先生」と呼ぶほど、信頼を寄せている。
黒子も査問の時も態度を変えずに郁と接しており、2人は付き合っているという噂があるほどなのだ。
もしも黒子が図書隊に対して思うところがあるとすれば、郁はショックを受けるのではなかろうか。

「今は巡回だ。行くぞ。」
堂上は不機嫌にそう告げると、歩調を速めた。
小牧が「了解」と答える声には、深いため息が混ざる。
柴崎が黒子に近づいていたが、巡回ルートを訓練速度で進む2人は気づかずに通り過ぎた。
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