第10話「査問」

「すごいですね、これ!」
郁は図書館の隅に設えられたコーナーを見て、はしゃいだ声を上げた。
堂上は「館内で騒ぐな!」と叱責する。
だが内心は確かにすごいと感心していた。

正化32年7月某日、砂川の一刀両断レビューが閉鎖された。
元々評価する声もあったものの、批判も多かったのだ。
図書館員が特定の本を誹謗中傷するのは、どうなんだ。
大好きな本を一方的な偏見で貶されて、頭に来た。
そんな意見が寄せられ、図書館としても対応を苦慮していたのだ。
つまり閉鎖されたのは、さほど不思議なことではなかった。

その一方で、黒子のブログが原因ではないかとも噂されていた。
かつてキセキの世代と呼ばれた5人の天才と、火神、黒子が日々思うことを書き綴っているサイト。
黒子はそこで本の書評を載せていた。
いろいろなジャンル、だがあまり話題にならない作家や本を選んで、その面白さをまとめている。
黒子が取り上げた本は図書館でも貸出数が上がるどころか、予約待ちができるほどになった。
そんな黒子はここ最近、一刀両断レビューで砂川が酷評した本を選んで、真逆の書評を書いていた。
それがまた話題になっていたのも、間違いのない事実。
黒子は正式ではないとはいえ、図書館員なのである。
2人の図書館員が対立しているという噂を払拭させるためではないかとまことしやかに囁いていた。

一刀両断レビューの閉鎖を待っていたかのように、図書館ではある企画が始まっていた。
それは自費出版の本のコーナーの新設だった。
図書館に寄贈という形で持ち込まれる本は多い。
その中で一番手を焼くのが、自費出版の本だ。
所詮プロの手ではないそれらは、やはり読むに値しない、もっというなら読むに堪えない本も多い。
だがその中にはごく稀に、プロ顔負けの珠玉の本がある。
そういう本を発掘し、読めるようにするのが、企画の主旨だった。

この企画を提案したのは、渦中の人物である黒子だった。
わざわざ会社を通じて、図書館に企画書が提出されたのだ。
図書館側は当初、難色を示した。
主旨は素晴らしいものだが、実際に閲覧可能な本をどうやって選ぶのか。

著作権がからむような二次創作モノはすべてアウトだ。
個人が特定できるような作品、自叙伝やドキュメンタリーもむずかしい。
万が一トラブルになったとき、責任が取れないからだ。
だから完全にフィクション、または個人が特定できないような物語に限定される。
その中でも誤字脱字が多かったり「てにをは」が怪しいような作品もダメだ。
最低限のレベルを保ち、かつ内容が面白いもの。

必然的にそのセレクションは、かなりの手間を要する。
だが企画発案者である黒子がすべて責任を持つという条件で、図書隊はこれを承認した。
実際に今までに持ち込まれた自費出版本は、そのほとんどが倉庫に眠っている。
黒子はそれらをコツコツと読み、その中で条件をクリアしたものを書架に並べているのだ。

ちなみに現在並んでいるのは4冊だった。
そのうち3冊は女性作家が描いた絵本だ。
同じ作者によって書かれたそれらの本は、話の内容はさほど目新しくないが、とにかく絵が美しい。
残りの1冊は男性作家の手による小説で、企業内で新商品とそれを盗もうとするスパイの攻防を描いた調略モノだ。

さらに黒子は、これらの本を自分のブログでも取り上げている。
絵本は「何気ない日常の光景が美しく見えるほどの画力が素晴らしい」と評した。
小説は「当麻蔵人を彷彿とさせる知略の攻防が見物」と。
かくして自費出版コーナーは話題を呼び、借りる利用者が後を絶たない。

「すごいですね、これ!」
郁は図書館の隅に設えられたコーナーを見て、はしゃいだ声を上げた。
今は残念ながらその場所は空いており「自費出版本の貸出は、現在予約待ちです」と貼り紙がされている。
それを見て貸出カウンターに予約に向かう利用者を、何人も見ている。

「館内で騒ぐな!」
堂上は郁を叱責しながら、内心は確かにすごいと感心していた。
企画もさることながら、キセキの世代が一目置いていた男の行動力もすごい。
だが一抹の不安も感じていた。
一介の図書館員が自分の意思や主張を表明する。
内容が否定的ではないというだけで、砂川がやっていることと大して変わらないのではないか?
いや書架の一部を自由にしているという点は、砂川より悪質だ。

だがこの不安について、堂上が考える余裕はなくなった。
程なくして郁は砂川が起こした図書隠蔽で、共謀者として名前が挙げられた。
そして査問会に呼ばれ、大いに苦しめられることになるのだった。
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