第40話「寂しくなるなぁ」

「寂しくなるなぁ。」
律はしんみりとそう言った。
黒子も深く頷いて「本当にそうですね」と答えた。

あれからいくつかの季節が過ぎた。
黒子は何冊かの本を出し、律もそこそこ名の知れた翻訳家になった。
高野の会社も軌道に乗り、今や超優良企業だ。

一時期スキャンダルとして世間を騒がせた火神と黒子の同性愛報道も、今は落ち着いた。
未だに白い目で見る者もいるが、好意的な声も大きい。
何より「逆境に負けず頑張れ」という声が、2人の励みになっている。

同じマンションに住む高野家と火神家、そして青峰家は家族ぐるみの付き合いだ。
律はいい友人に恵まれたことを喜んでいたし、その関係はずっと続くものと考えていた。
今にして思えば、迂闊なことだ。
火神や青峰の職業を考えれば、別れがそんなに遠い日でないことはわかるのに。
同じ歳にNBA入りした2人は、去るのも同じ歳になった。
つまり所属チームが契約を打ち切ったのだ。

だが火神も青峰も少しも悲観してはいなかった。
むしろよくやったと思っている。
2人とも体格的には恵まれているが、NBAプレイヤーとしては小さい方だ。
にもかかわらず、選手として何年も所属し、しかも試合にもしっかり出ていた。
充分に快挙と言えるだろう。
来シーズンからは、日本でプレイする。
本場NBAでしっかり実績を残した2人は、日本のチームからは引く手あまただ。

「寂しくなるなぁ。」
律はしんみりとそう言った。
黒子も深く頷いて「本当にそうですね」と答えた。
いよいよ帰国は明日に迫り、律と黒子は話し込んでいた。
もうほとんど荷物は運び出してしまい、ガランとした黒子たちの部屋。
最後の夜は2人きり、ここで語り合うことにしていた。
窓際の床にべたりと座り、火神特製バニラシェイクを2人で飲みながら、向き合っている。

「いろいろありましたね。」
黒子はいつもと変わらない平坦な声で、そう言った。
だが黒子との付き合いが長い律は、彼が別れを惜しんでくれているのがわかった。

「確かにいろいろあった。黒子君に出逢って人生が変わったよ。」
「大袈裟ですね。」
「いや、全然大袈裟じゃないよ。」

律は最後まで表情も口調も控えめな黒子に苦笑する。
黒子に出逢う前の律は、1人で外出もできず、怯えて暮らしていた。
それが今では普通に生きているし、黒子の本の翻訳というライフワークも得た。
かつての同僚たちや親との再会だって、黒子がいなければできていなかった気がする。

「ボクも楽しかったですよ。こっちには知り合いもいなかったから、心強くて」
黒子は珍しく綺麗な笑顔を見せた。
火神だけを頼りに渡米した黒子は、帰国子女でもないし、留学経験もない。
未だに英語は苦手で、日本語でお喋りができる律の存在が嬉しかったのだ。

「黒子君の本を全部翻訳したいけど、どんどん新作出ちゃうんだよなぁ。」
「あ、それならすぐ追いつくと思いますよ。ボクしばらく執筆は休むので。」
「え!?そうなの!?」

黒子の言葉に、律は驚いた。
律にとって黒子は友人であるだけでなく、大ファンの作家の1人だ。
その黒子の休養(?)宣言に、思わず身を乗り出した。

「実はですね」
黒子が静かに、今後の日本での予定を話し始めた。
それを聞いた律は「黒子君って本当に予想外の事ばかりするよね」と驚いた。
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