第36話「何、これ」

「いろいろありがとうございました。」
黒子は律儀に頭を下げる。
そして憮然とした表情の火神が「感謝してる、です」と付け加えた。

黒子と火神が、生まれて初めてのデートらしいデートをした。
夜景が綺麗な高級ホテルで、2人きりの甘い時間を過ごしたのだ。
途中、火神が酒に酔って寝てしまうというハプニングはあった。
だが黒子は、1泊延長するという荒業を行使して、軌道修正。
かくして1日遅れで、2人は帰宅したのだった。

そしてその翌日、律と高野は、火神宅の夕飯に招かれた。
料理には定評がある火神が、腕を振るうという。
このデートを企画、立案した2人に、報告とお礼ということらしい。
高野は「わざわざ申し訳ない」と固辞しようとした。
だが律は「デートの報告、聞きたいじゃないですか」と前のめり。
結局申し出を受けて、火神の手料理に舌鼓を打っていた。

「デートって、ちゃんとやると疲れるんですね。」
黒子はゆっくりと箸を進めながら、いつもの無表情でそう言った。
それを聞いた律はキッと火神を睨んだ。
今までちゃんとしたデートをしなかった火神への抗議だ。
火神は思わず「すみません、です」とあやまってしまう。
毎回思うことだが、美人が怒ると、迫力が倍増なのだ。

「でも、楽しんだんだろ?」
高野がそう聞くと、黒子も火神もニッコリと笑顔で頷いた。
それを見た律と高野は驚き、思わず顔を見合わせてしまう。
火神はともかく、黒子のニッコリ笑顔は本当にレアなのだ。
律が思わず「写メ撮ればよかった!」と、悔しがるほどに。

「指輪は結局、買わなかったんだね。」
律は口を尖らせて、文句を言った。
提案したデートコースの中に、2人で指輪を買うことも入れていたのだ。
火神と黒子は、相手の誕生石であるペンダントをしている。
だが指輪は持っていなかった。
バスケ選手である火神は、指輪は持っていても外さなければならない場合が多いからという理由らしい。
だが律は、やはり恋人同士にとって、お揃いの指輪は必須だと思うのだ。

「指輪はまだまだ先でいいんですよ。」
黒子がそう答え、火神が頷く。
律は不本意ではあったが、当の2人にそう言われては、引っ込むしかない。
まぁ2人がデートらしいデートを堪能したなら、それでいい。

「いろいろありがとうございました。」
黒子は律儀に頭を下げる。
そして憮然とした表情の火神が「感謝してる、です」と付け加えた。
その様子はどう見ても、火神が黒子の尻に敷かれている。
律も高野も、もはや夫婦の域に達している感じの2人を見て、楽しく笑った。
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