第35話「コテコテでベタベタ」

「火神君、黒子君とちゃんとデートしてる?」
きっかけは律の一言だった。
余りにも予想外の質問に、火神は「は?」と聞き返す。
デート。それは火神と黒子の間にはあまりにも無縁な単語だった。

元々黒子と火神のスタートは、高校のクラスメイトで、バスケ部のチームメイト。
その頃は、とにかく一緒にいる時間が長すぎて、改めてデートなんて発想がなかった。
せいぜい学校近くのファーストフード店やファミレスで、食事をする程度だ。
大学は別れたが、これまたデートなんてほとんどしなかった。
なぜなら2人とも高校時代にウィンターカップ制覇なんてやってのけた有名人だからだ。
その上に男同士という要素が加わると、外でデートという選択肢はなかった。
そしてその後は渡米し、今の状態だ。
世間体に加えて、お互い忙しくて、デートなんて時間が取れない。

「「信じられない!」」
2人のデート事情を知った律は、大いに憤慨した。そして桃井も。
青峰が「テメェ、テツをもっと大事にしやがれ!」と怒る。
そりゃ青峰は最愛の妻になった恋人が、普通に女である桃井だからそんなことが言えるんだろう。
火神はそう思ったが、とても口に出して言える雰囲気ではない。

「そうやってちゃんとしなければ、もう照れくさくてデートできなくなっちゃうよ!?」
律は目を吊り上げて、そう言った。
美人が怒ると、なかなか怖い。
虎とか野獣なんて言わしめた火神でさえ、その迫力に少々怯んだ。

「だけどあいつはデートとかってキャラじゃないし」
「デートはキャラでするものじゃないの!」
「でも今さら改まってデートっつても、何していいかわかんねーし」
「それが照れくさくてデートできなくなっちゃうってことなの!」

律のテンションに押されて、火神はタジタジだった。
だがよくよく考えてみると、情けない話でもあった。
初めて出会った高校1年のときから、かれこれ10年以上経つ。
だがまともなデートなんて、実は1度もしていない気がする。

「だったら俺と高野さんで、デートをプロデュースするから!」
「律さんと高野さんが?」
「なめないでよ。これでも2人とも元少女漫画編集なんだからね!」
「・・・よろしくお願いします。。。」

かくして火神は空港で黒子を拾い、自宅ではなくホテルにやって来た。
安いラブホテルの類ではなく、誰でもその名を知っている高級ホテルだ。
最上階のスィートルーム、とまではいかないが、夜景がきれいな広い部屋だ。

さすがに「うわぁ、綺麗」なんて言ってくれるとは、思ってなかった。
何しろあの黒子である。
だが黒子のリアクションは、火神の想像の斜め上をいった。

「このホテル、1泊おいくらですか?」
黒子はいつもの口調で、そう言った。
曲がりなりにも甘いデートのつもりだった火神は「お前、味気なさすぎ」と肩を落とした。
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