第26話「何かが違うんです」

「黒子君、どうしたの?」
律はピタリと固まるように動きを止めた黒子に、律は声をかける。
黒子が目の前のエアロバイクを観察しながら「何かが違うんです」と答えた。

日本から戻った律と黒子は、日常生活にも戻った。
基本的には2人とも、物書き。
部屋で黙々とパソコンに向かう時間が長い。
だから身体がなまらないように、毎日マンション内のジムで身体を動かすことは欠かせない。
すっかり仲良くなった2人は、時間を合わせてトレーニングをする。

その日も律と黒子は、一緒にジムに向かった。
まずは軽くストレッチをしてから、ランニングをする。
そしてマシンを使ってから、エアロバイクを漕ぐ。
それがだいたい2人の間で決まっているルーティーンだ。
今日も滞りなく身体を動かして、最後にエアロバイクに向かったのだが。

「黒子君、どうしたの?」
律はピタリと固まるように動きを止めた黒子に、律は声をかける。
黒子が目の前のエアロバイクを観察しながら「何かが違うんです」と答えた。
律は「そう、かな?」と首を傾げながら、エアロバイクを見た。
このジムにエアロバイクは20台ほどあるが、律と黒子は何となく使うやつを決めている。
空いていれば、いつも窓側で外の景色が見えるものを使う。
今日もいつもと同じそれに乗ろうとしていた。

「俺にはいつもと同じに見えるけど。」
律はいつも黒子が使うエアロバイクの周りを回り、あちこちを眺めまわしながらそう言った。
だが黒子は「やっぱり違います」と告げると、エアロバイクのハンドルの辺りに膝をついた。
床にペッタリと座り込んだまま、ハンドルを見上げる黒子は「やっぱり」と呟く。
律も黒子の横に座って、それを見上げると「あ!」と叫んだ。

エアロバイクのハンドルの手で握る部分、つまりグリップにはゴム製のカバーが巻かれている。
その下の部分に、小さな刃が仕込まれていたのだ。
もしも黒子が気付かずに握っていたら、その刃で指先を切っていただろう。
ひょっとしたら深刻な後遺症を残すような傷になっていたかもしれない。

「よ、よく気付いたね。」
「ゴムのカバーの色が、違っていたように見えたので。」
そう言われた律は、隣のバイクのグリップカバーと見比べてみる。
そして確かに少しだけ違うことに気付いた。
グリップカバーは緑色だが、隣のものは少し色が褪せている。
だが問題のエアロバイクは、鮮やかな緑色をしていた。

さすが人気作家の観察眼。
律は唖然としながら、じっと問題のエアロバイクを凝視する黒子の横顔を見た。
確かに違うと言われてみれば、違いが判る。
だが何も知らなければ、普通は気付けないと思う。
っていうかむしろ、気付けた黒子が異常なのだ。

「フロントに知らせてきます。」
黒子はそう言って、スタスタと歩き出した。
律は再びエアロバイクに視線を戻すと、もう1度グリップに仕込まれた刃を見た。

悪質ないたずら。そう思っていいのだろうか。
もしかして、まだ律の身辺でモヤモヤと解決していない襲撃事件と関係があるのか。
だがそれなら黒子ではなく、律がいつも使うエアロバイクに細工があるべきだ。
ならやはり違うと思っていいのか?

律はまた新たに現れた謎にため息をついた。
今度こそ執筆に集中したいのに、出鼻をくじかれた気分だった。
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