第22話「頑張ってください」

「うぉぉ!」
奇声と共に襲い掛かってきた男を、黒子が足を出して転ばせる。
律はその男を跨ぐと、ナイフを持った腕を背中に捩じり上げた。

「律さん、似合いますね。カッコいいです。」
黒子が律のスーツ姿を褒めてくれる。
律も黒子を褒めようかと思ったが、やめた。
赤司から借りたブランド物の高級スーツは、黒子にはダブダブだ。
それに着慣れていない感が丸出しで「似合っている」とは言い難い。

律と黒子は、赤司邸で開かれたパーティに出席していた。
不定期で行なわれるそれは、財界では有名なものだそうだ。
あの赤司財閥主催のパーティ、出席できるだけでステータスなのだという。
律と黒子が赤司からスーツを借りてまでそれに参加するのは、もちろん理由がある。

律は今回の日本滞在で、両親と決着をつけるつもりでいる。
だがその場所が問題だった。
律は実家である小野寺家に戻るつもりだったのだが、黒子と赤司に反対されたのだ。
何しろ律は自分の親と婚約者の親子にざっくりと一太刀浴びせてから、家出をしている。
残された者たちが律をどう思い、相対した時、どうするか。
それがわからない限り、危険だった。

「それじゃ、うち主催のパーティを使ったらどうだ?」
赤司は事もなげに、そう言った。
律は「そんなの、悪いよ。申し訳ない」と律は恐縮しながら、ことわった。
だが赤司は「気にしなくていいよ」と、鷹揚に笑う。
そして黒子に「火神のお父上も呼ぶから、お前も出るといい」と告げた。
かくして律と黒子は、赤司からスーツを借りて、パーティ会場にいる。
会社勤めの経験があるし、そもそも美形である律は、綺麗にスーツを着こなしている。
だがスーツなどほとんど着たことがない黒子は、スーツに着られている雰囲気だ。

パーティは立食形式であるが、そこらの高級レストラン顔負けの豪華なメニューが並んでいる。
律は「さすが赤司財閥」と感心しきりだ。
だが黒子は「バニラシェイクが飲みたいです」と肩を落としている。
有名作家であり、高額所得もあるくせに、黒子の味覚は庶民的だ。
そんな黒子に微笑し、律は「よし!」と小さく声を上げる。
視線の先では、律の父親が別の招待客と談笑している。
どうやらこの場に律がいるとは、思ってもいない様子だ。

「頑張ってください」
黒子はいつも通りの口調でそう言ってくれる。
律は「行ってくる」と黒子に手を振り、歩き出した。
だが横から「律っちゃん」と女性の声がして、律は思わず足を止めた。
律は「杏ちゃん」と答えて、彼女の方へ向き直る。
かつて律の婚約者だった女性は、記憶の中の少女から大人びた女性に変わっていた。

「今までどうしてたの!?心配してたんだから!!」
杏は目に涙を浮かべながら、そう叫んだ。
律は申し訳ない思いで「迷惑かけたね」と頭を下げる。
杏はブンブンと首を振り「迷惑だなんて!」と叫んだ。
思わぬ再会は、この場の注目を集めてしまっている。
律の父も、杏の父も、律を凝視していた。

だがその瞬間、勢いよくパーティ会場のドアが開いた。
そして明らかにこの場に相応しくない男が飛び込んできた。
ドレッドヘアにピアス、黒い革ジャンと革のパンツ。
そして手には小型のナイフを持っており、赤司に向かって突進していく。
律は咄嗟に、赤司の元へ駆け寄った。
黒子も同様に駆け寄ってきて、赤司を守るように前に出た。

「うぉぉ!」
奇声と共に襲い掛かってきた男を、黒子が足を出して転ばせる。
律はその男を跨ぐと、ナイフを持った腕を背中に捩じり上げた。
パーティに集まった客たちはシンと静まり返ったが、次の瞬間、拍手が沸き起こった。

いったい何でこんなことに。
せっかく意を決して対決するつもりでいたのに、水を差された律はため息をついた。
だが同時に全身に入っていた力が抜けたような気がする。
とにかく心を落ち着けて、向かい合うことができそうだ。
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