第10話「どうしてこんなことが」

「ボクも気になることがあります。」
黒子はおもむろにそう切り出した。

律と黒子が襲撃を受けた2日後。
検査のために入院していた黒子は、無事にマンションに戻った。
入院している間は、とにかく物々しかった。
火神はチーム練習を休んで、ずっと黒子に付きっきりだった。
それどころか、同じく練習を休んだ青峰もだ。
そして氷室も1日中ではなかったが、病院に来てくれた。

入院が2日間でよかった。
黒子は心の底からそう思った。
とにかく「圧」が強いのだ。
火神も青峰も氷室も、無駄に存在感がある。
そんな3人が代わる代わる病室に詰めているのだ。
それだけで何だか空気が薄いような気さえしてくる。

そしてもう1つ、この間に思ったこと。
それは警察がまったく役に立たないということだ。
観察眼に自信がある黒子は、襲ってきた犯人の顔をはっきりと見た。
だが警察は黒子に事情を聞こうともしなかったのだ。
誘拐は未遂に終わったし、黒子のケガも軽傷だったからだ。
この程度のことで、アメリカの警察は動いてくれないのだ。

「だからって、いくらなんでも」
マンションに戻った黒子は、文句を言った。
黒子と火神の部屋で待っていたのは、ゴツい白人が2人。
火神が高野と相談して雇ったボディガードだった。

「安心できるまでは、我慢しろよ」
火神は冷静な口調で、そう言った。
黒子は「そうですよね」とため息をついた。
短気な火神はよく怒鳴ったりするが、そういう時は実はあまり怖くない。
逆に冷静な口調の時の方が、絶対に引かないのだ。

それに黒子もわかっている。
黒子は自分の身を守れるほど、腕が立つわけではない。
警察も当てにならないし、火神だって黒子に貼りついてはいられない。
だからこうするのが、一番現実的なやり方なのだ。

火神がボディガードに手で合図を送ると、2人は部屋から出て行った。
2人はさすがに黒子や律にガッチリ貼りつくわけでない。
基本的にはマンションのエントランスに常駐して、部屋には入って来ない。
マンション内はまず安全なので、人の出入りをチェックするのだ。
そして律や黒子が外出するときだけ、同行する。
それを聞いた黒子は、ホッと胸を撫で下ろした。

「ボディガードは赤司君の紹介ですか?」
黒子がそう聞くと、火神は「よくわかったな」と驚いた。
そして少しだけ不満そうな表情になる。
赤司の紹介だからなのか、それを黒子に見破られたからか。
おそらくはその両方だろう。

「わかりますよ。手際がよすぎますから」
黒子はそう答えると、ひっそりと笑った。
かつては黒子と火神のライバルだった赤司は、日本を代表する財閥企業の御曹司だ。
今は父親である社長の下で、最年少の取締役として働いている。
いずれは後を継ぎ、日本を代表する財界人になるであろう男。
彼はいつの間にか黒子たちが襲撃されたことを聞きつけていた。
何しろ襲撃の2時間後に「大丈夫か?」というメールが来たのだから。
ボディガードが簡単に見つかったのは、そんな赤司の力に他ならない。
会社の取引先のつてを辿って、優秀で信用できる人材を用意してくれたのだろう。

「ところで犯人の方は?」
黒子は一番気になっていることを聞いた。
犯人が狙っていたのは、律だ。
こればかりは黒子がいくら考えても、わからない。

「高野さんは、律さんの実家が連れ戻そうとしたんじゃないかって言ってるんだけど」
「けど?」
「律さんは違うんじゃないかって言ってるらしい。」
「そうなんですか?」
「ああ。理由はわかんねーけどな。」

入院中、黒子は高野や律と話す機会がなかった。
火神も電話で少し話しただけだから、ほとんど情報はない。
彼らがこの事件をどう考えているのか、聞く必要があるだろう。

「ボクも気になることがあります。」
黒子はおもむろにそう切り出した。
警察に事情を聞かれれば、話したであろうことだ。
火神が興味深げに「何だ?」と聞き返してくる。

「襲撃の実行犯と、この前の尾行者は違う人でした。」
黒子はそう答えた。
だが実際、大した情報ではない。
単に相手が複数犯だということがわかっただけだ。

「早く解決してほしいものです。」
黒子は静かにため息をつくと、火神が「そうだな」と応じた。
とにかく事件が片付かなければ、自由に外出もできない。
きっと高野と律も、そう思っているだろう。
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