魅惑のまいう棒
意外といける。
紫原は信じられないという口調で、そう言った。
一見無表情な青年は落ち着いた声で「そうでしょう?」と言い返してきた。
陽泉製菓株式会社、商品開発部「まいう棒」開発担当。
それが紫原敦の所属であった。
国民的な菓子であり、日本人なら知らない者はいないであろう「まいう棒」。
値段もお手軽、味のバリエーションも豊富なあの菓子は老若男女問わず、人気がある。
その新しい味のものを商品化するのが、紫原の仕事だった。
この仕事は、とにかく試食ばかりの毎日だ。
開発担当に回されると、早いものは数日程度、遅くても数ヶ月以内にはつらくなる。
なにしろ「まいう棒」を作っては食べ、食べてはまた新しい味を模索する。
また他の担当者の試作品を食べて、意見を言うこともある。
そんなに好きな食べ物でもやはり飽きてきて、最後には拒否反応が出てしまうのだ。
最初は張り切って仕事を始めても、辞めたり、配置転換を願い出る者は後を絶たない。
そんな中で、紫原だけはもう何年もこの仕事を続けていた。
子供の頃からジャンクフードが大好きで、ずっと食べ続けていた。
彼にとってはもうスナック菓子は、米飯のようなもの。
つまり毎日食べたって、絶対に飽きないのだ。
また栄養バランスが悪いとも言われるが、紫原は無頓着だ。
以前女性の開発担当が、この仕事になって肌荒れがひどくなったと言っていた。
だがこれも紫原は問題なしだ。
毎日「まいう棒」を食べ続け、普段の食事だって食べたいものを食べている。
やれ野菜をとれだの、ビタミンだミネラルだなんて、まるで気にしない。
だが身体を壊すこともなく、会社の健康診断でも異常が出たこともない。
紫原はさらに売れる商品を生み出すことにも長けている。
先日期間限定で発売した「ラー油トマト味」は大ヒット。
コンビニやスーパーなどで、品切れが続出したと聞く。
もしかしたら社長賞が出るかもなどと言われた。
だが紫原は、昇給とか賞などに興味はない。
普通に給料がもらえて、大好きなお菓子が食べられる仕事は大好きだ。
しかも自分好みの商品が作れるなんて、夢のような職場だった。
紫原君、ちょっといいですか?
仕事中の紫原は、最近入ったばかりの開発担当者に声をかけられた。
紫原は「なぁに、黒ちん?」と聞き返した。
彼の名前は、黒子テツヤ。
大柄で大食いな紫原とは対照的に、小柄で小食。
だが彼の味覚は、なかなかのものだと紫原は一目置いている。
紫原の試作品を食べさせてみたのだが、結構的確なコメントが返ってきたのだ。
もう少し塩味を押さえた方がいいとか、隠し味を足した方がいいとか。
そしてその指摘通りにすると、前よりも美味しいものができ上がる。
それ以来、紫原は黒子のことを対等な関係と認めていた。
他の担当者はほとんど自分より格下と見下しているが、黒子は別扱いだ。
そしてこの青年が作り出すのは、どんな味の「まいう棒」か。
紫原は秘かにそれを楽しみにしている。
だから「試作品の味見をしてもらいたいんですが」と言われた時には、かなり期待した。
もちろんひねくれ者の紫原だから、そんな素振りは見せない。
素っ気ない口調で「オレのも、頼むね」と答えた。
実を言うと、紫原も試作品を2つほど作り上げていた。
ちょうど誰かの的確なコメントが欲しかったところだったのだ。
じゃあまずボクのから、お願いします。
黒子はそう告げて、2種類の「まいう棒」を紫原の前に置いた。
そして「まずこっちがバニラシェイク味です」と告げる。
紫原は思わず「はぁぁ!?」と声を上げていた。
予想外。意味がわからない。
甘いタイプの「まいう棒」はいくつもある。
確かチョコ味とかキャラメル味なんていうのが、あったはずだ。
バニラ味っていうのは、あっただろうか。
だけど黒子はわざわざバニラシェイク味だと言った。
それともう1つはゆで卵味です。
そう付け加えられて、紫原はもう1度「はぁぁ!?」と叫んだ。
ゆで卵味って。ゆで卵ってそもそも塩を振ったり、おでんに入れたりして食べてる。
あれ自体の単独の味でスナック菓子なんて、可能なんだろうか?
2度も「はぁぁ!?」と叫ばれたことで、黒子はカチンと来たらしい。
普段通りの無表情に見えて、よくよく観察すると怒っていることがわかる。
そして「そういう紫原君は、何なんです?」と聞き返してきた。
すると紫原が「福神漬け味とらっきょう味」と答えた。
カレー味の「まいう棒」はあるし、そこそこ売れている。
だからセット商品として、ありだと思ったのだ。
それにちゃんと美味しければ、単品でも売れる。
それ、美味しいんですか?
黒子は疑わしそうにそう聞いてくる。
だが紫原は「そっちこそ」と答えた。
残念ながらお互い、ネーミングからは懐疑的なようだ。
まぁ、いっか。
紫原はそう告げると、まずはバニラシェイク味という「まいう棒」を取り、勢いよく齧った。
サクサクという音が、妙にはっきり響く。
一気に1本食べ切って、紫原は「あれ?」と首を傾げた。
甘いヤツはあまり得意でないのに、一気に食べきれてしまったことに驚いたのだ。
意外といける。
紫原は信じられないという口調で、そう言った。
一見無表情な青年はやや得意気な声で「そうでしょう?」と言い返してきた。
紫原は信じられないという口調で、そう言った。
一見無表情な青年は落ち着いた声で「そうでしょう?」と言い返してきた。
陽泉製菓株式会社、商品開発部「まいう棒」開発担当。
それが紫原敦の所属であった。
国民的な菓子であり、日本人なら知らない者はいないであろう「まいう棒」。
値段もお手軽、味のバリエーションも豊富なあの菓子は老若男女問わず、人気がある。
その新しい味のものを商品化するのが、紫原の仕事だった。
この仕事は、とにかく試食ばかりの毎日だ。
開発担当に回されると、早いものは数日程度、遅くても数ヶ月以内にはつらくなる。
なにしろ「まいう棒」を作っては食べ、食べてはまた新しい味を模索する。
また他の担当者の試作品を食べて、意見を言うこともある。
そんなに好きな食べ物でもやはり飽きてきて、最後には拒否反応が出てしまうのだ。
最初は張り切って仕事を始めても、辞めたり、配置転換を願い出る者は後を絶たない。
そんな中で、紫原だけはもう何年もこの仕事を続けていた。
子供の頃からジャンクフードが大好きで、ずっと食べ続けていた。
彼にとってはもうスナック菓子は、米飯のようなもの。
つまり毎日食べたって、絶対に飽きないのだ。
また栄養バランスが悪いとも言われるが、紫原は無頓着だ。
以前女性の開発担当が、この仕事になって肌荒れがひどくなったと言っていた。
だがこれも紫原は問題なしだ。
毎日「まいう棒」を食べ続け、普段の食事だって食べたいものを食べている。
やれ野菜をとれだの、ビタミンだミネラルだなんて、まるで気にしない。
だが身体を壊すこともなく、会社の健康診断でも異常が出たこともない。
紫原はさらに売れる商品を生み出すことにも長けている。
先日期間限定で発売した「ラー油トマト味」は大ヒット。
コンビニやスーパーなどで、品切れが続出したと聞く。
もしかしたら社長賞が出るかもなどと言われた。
だが紫原は、昇給とか賞などに興味はない。
普通に給料がもらえて、大好きなお菓子が食べられる仕事は大好きだ。
しかも自分好みの商品が作れるなんて、夢のような職場だった。
紫原君、ちょっといいですか?
仕事中の紫原は、最近入ったばかりの開発担当者に声をかけられた。
紫原は「なぁに、黒ちん?」と聞き返した。
彼の名前は、黒子テツヤ。
大柄で大食いな紫原とは対照的に、小柄で小食。
だが彼の味覚は、なかなかのものだと紫原は一目置いている。
紫原の試作品を食べさせてみたのだが、結構的確なコメントが返ってきたのだ。
もう少し塩味を押さえた方がいいとか、隠し味を足した方がいいとか。
そしてその指摘通りにすると、前よりも美味しいものができ上がる。
それ以来、紫原は黒子のことを対等な関係と認めていた。
他の担当者はほとんど自分より格下と見下しているが、黒子は別扱いだ。
そしてこの青年が作り出すのは、どんな味の「まいう棒」か。
紫原は秘かにそれを楽しみにしている。
だから「試作品の味見をしてもらいたいんですが」と言われた時には、かなり期待した。
もちろんひねくれ者の紫原だから、そんな素振りは見せない。
素っ気ない口調で「オレのも、頼むね」と答えた。
実を言うと、紫原も試作品を2つほど作り上げていた。
ちょうど誰かの的確なコメントが欲しかったところだったのだ。
じゃあまずボクのから、お願いします。
黒子はそう告げて、2種類の「まいう棒」を紫原の前に置いた。
そして「まずこっちがバニラシェイク味です」と告げる。
紫原は思わず「はぁぁ!?」と声を上げていた。
予想外。意味がわからない。
甘いタイプの「まいう棒」はいくつもある。
確かチョコ味とかキャラメル味なんていうのが、あったはずだ。
バニラ味っていうのは、あっただろうか。
だけど黒子はわざわざバニラシェイク味だと言った。
それともう1つはゆで卵味です。
そう付け加えられて、紫原はもう1度「はぁぁ!?」と叫んだ。
ゆで卵味って。ゆで卵ってそもそも塩を振ったり、おでんに入れたりして食べてる。
あれ自体の単独の味でスナック菓子なんて、可能なんだろうか?
2度も「はぁぁ!?」と叫ばれたことで、黒子はカチンと来たらしい。
普段通りの無表情に見えて、よくよく観察すると怒っていることがわかる。
そして「そういう紫原君は、何なんです?」と聞き返してきた。
すると紫原が「福神漬け味とらっきょう味」と答えた。
カレー味の「まいう棒」はあるし、そこそこ売れている。
だからセット商品として、ありだと思ったのだ。
それにちゃんと美味しければ、単品でも売れる。
それ、美味しいんですか?
黒子は疑わしそうにそう聞いてくる。
だが紫原は「そっちこそ」と答えた。
残念ながらお互い、ネーミングからは懐疑的なようだ。
まぁ、いっか。
紫原はそう告げると、まずはバニラシェイク味という「まいう棒」を取り、勢いよく齧った。
サクサクという音が、妙にはっきり響く。
一気に1本食べ切って、紫原は「あれ?」と首を傾げた。
甘いヤツはあまり得意でないのに、一気に食べきれてしまったことに驚いたのだ。
意外といける。
紫原は信じられないという口調で、そう言った。
一見無表情な青年はやや得意気な声で「そうでしょう?」と言い返してきた。
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