Physical Therapist
先生、すごく気持ちいい。さすが神の手。
診察台の少年はウットリと目を閉じながら、そんなことを言う。
だが当の黒子は冷静に「ボクは先生じゃないし、神でもないですよ」と答えた。
黒子テツヤは、理学療法士をしている。
病気やケガ、加齢などのせいで、運動機能が低下した人にリハビリ治療を行なう仕事だ。
特に専門はスポーツリハビリ。
故障した運動選手を復帰させることに関してのエキスパートである。
黒子が勤務するのは、相田整形外科。
院長の景虎とその娘のリコ、2人の整形外科医で切り盛りしている。
そこへ黒子は引き抜かれたのだ。
2人だけでは回らなくなったが、医師を入れるほどの余裕がないからだそうだ。
スカウトの原因は3年ほど前のこと。
相田整形外科の近くに、高校が新設されたことによる。
その高校は、学校の特色として、さまざまなスポーツに力を入れている。
有望な選手をスポーツ推薦で入学させて、日本一を目指すのだ。
その結果、ケガをする生徒だって増えてくる。
練習中のケガなどで担ぎ込まれるのは、学校から一番近いこの病院だ。
かくして腰痛や膝痛の老人たちが主な患者だった相田整形外科の待合室に、高校生が増えた。
すごく肩が凝るんです。もうつらくて、つらくて。
夕方、黒子のところにやってきたのも、高校生だ。
黒子は回されてきた問診表を見た。
彼の名前は伊月俊、あの高校の生徒だが、珍しく運動部ではないらしい。
じゃあ、上着を脱いで、うつぶせに寝て下さい。
黒子はそう言って、診察台を手で示した。
伊月は言われたとおり、学生服の上着を脱ぐと、診察台の上でうつぶせになる。
そして黒子が「それじゃまずやってみましょう」と、マッサージを始めた。
伊月君は1日に何時間くらい勉強しますか?
スマホやゲームはどうですか?
部活はやってますか?何か運動は?
食事は毎日決まった時間に食べていますか?
黒子はマッサージをしながら、伊月の生活について質問した。
畳み掛けるような感じではなく、穏やかに歌うような調子だ。
伊月は眠くなったらしく、目を閉じながらも、質問には答えていく。
まだ2年だが、行きたい大学があるので、今から勉強をしていること。
部活はやっておらず、塾に通っており、スマホやゲームはあまりやらない。
塾に行っているから、食事は不規則、などなど。
先生、すごく気持ちいい。さすが神の手。
診察台の少年はウットリと目を閉じながら、そんなことを言う。
だが当の黒子は冷静に「ボクは先生じゃないし、神でもないですよ」と答えた。
黒子は伊月たちの高校の運動部員たちに「神の手」と呼ばれていた。
深刻なケガをした者が、何人も黒子の治療で完治したからだ。
個人の体質やケガの度合いを見極め、最良の方法を見つける。
黒子はこの能力に長けているのだ。
伊月君の場合、お話を聞く限りでは、眼精疲労が原因の可能性が高そうです。
勉強している時、1時間に1度は休憩してください。
そうですね、1分でいいので、目を休めて、肩を軽く回してみましょう。
それでも改善しないようなら、また考えましょう。
黒子はそう告げると、マッサージを終える。
伊月は「軽くなった!」と本当に嬉しそうだ。
黒子は「よかったです」と答えて、治療を終えた。
伊月が嬉々とした足取りで、診察室を出ていくのを見て、次の患者のデータを見る。
またしても高校生で、試合中に膝を故障し、何度かここに通ってきている少年だ。
だが少年を呼び入れようとした瞬間「黒子ってのは、どこだ!?」と無遠慮な声が聞こえた。
お前が黒子か!?
診察室のドアが乱暴に開かれ、1人の大男が飛び込んできた。
黒子は椅子に座ったまま「どちらさまですか?」と聞く。
すると大男は「オレを知らねーのかよ!?」と声を裏返して、絶叫した。
もちろん知っている。
直接会うのは初めてだが、何しろその男は有名人なのだ。
今、日本で一番有名なアスリートと言っても過言ではない男だった。
だがそれとこれとは別の話だ。
いきなり診察室に踏み込んでくる無礼な男に、ペースを合わせる必要などない。
オレのケガを治してくれ!
大男は冷静な黒子に怯んだようだが、気を取り直して、詰め寄ってきた。
だが黒子は首を振って「申し訳ありません」と頭を下げた。
予約の患者さんがいらっしゃるんで、お待ちください。
お時間がないようでしたら、受付で予約を取って、後日お越しください。
黒子がそう告げると、大男は「待てねーんだ。オレを先に!」と叫んだ。
そしてちょうど入ってきた次の予約の患者を指さして、さらに声を張り上げる。
制服姿の少年は、有名なアスリートがいるのを見つけて、目を丸くした。
高校生を優先するってのか!?オレは大事な試合が。。。
なおも叫ぶ大男に、黒子はツカツカと歩み寄ると、思い切り平手打ちを食らわせた。
一瞬何が起きたかわからず、ポカンとした大男だったが、我に返る。
そして「何しやがる!」と叫んだ。
うるさい!ボクに看てほしいなら、ここのルールに従え!
黒子は普段の物静かで礼儀正しい態度を脱ぎ捨て、一喝した。
すると大男も、次に診察予定の高校生も、迫力に押されて黙り込む。
じゃあ木吉君、診察します。
あなたはさっさと出て行ってください。
黒子は予定していた高校生を招き入れると、大男を追い出した。
火神大我。
それが日本を代表するアスリートであり、黒子が追い出した大男の名前だった。
診察台の少年はウットリと目を閉じながら、そんなことを言う。
だが当の黒子は冷静に「ボクは先生じゃないし、神でもないですよ」と答えた。
黒子テツヤは、理学療法士をしている。
病気やケガ、加齢などのせいで、運動機能が低下した人にリハビリ治療を行なう仕事だ。
特に専門はスポーツリハビリ。
故障した運動選手を復帰させることに関してのエキスパートである。
黒子が勤務するのは、相田整形外科。
院長の景虎とその娘のリコ、2人の整形外科医で切り盛りしている。
そこへ黒子は引き抜かれたのだ。
2人だけでは回らなくなったが、医師を入れるほどの余裕がないからだそうだ。
スカウトの原因は3年ほど前のこと。
相田整形外科の近くに、高校が新設されたことによる。
その高校は、学校の特色として、さまざまなスポーツに力を入れている。
有望な選手をスポーツ推薦で入学させて、日本一を目指すのだ。
その結果、ケガをする生徒だって増えてくる。
練習中のケガなどで担ぎ込まれるのは、学校から一番近いこの病院だ。
かくして腰痛や膝痛の老人たちが主な患者だった相田整形外科の待合室に、高校生が増えた。
すごく肩が凝るんです。もうつらくて、つらくて。
夕方、黒子のところにやってきたのも、高校生だ。
黒子は回されてきた問診表を見た。
彼の名前は伊月俊、あの高校の生徒だが、珍しく運動部ではないらしい。
じゃあ、上着を脱いで、うつぶせに寝て下さい。
黒子はそう言って、診察台を手で示した。
伊月は言われたとおり、学生服の上着を脱ぐと、診察台の上でうつぶせになる。
そして黒子が「それじゃまずやってみましょう」と、マッサージを始めた。
伊月君は1日に何時間くらい勉強しますか?
スマホやゲームはどうですか?
部活はやってますか?何か運動は?
食事は毎日決まった時間に食べていますか?
黒子はマッサージをしながら、伊月の生活について質問した。
畳み掛けるような感じではなく、穏やかに歌うような調子だ。
伊月は眠くなったらしく、目を閉じながらも、質問には答えていく。
まだ2年だが、行きたい大学があるので、今から勉強をしていること。
部活はやっておらず、塾に通っており、スマホやゲームはあまりやらない。
塾に行っているから、食事は不規則、などなど。
先生、すごく気持ちいい。さすが神の手。
診察台の少年はウットリと目を閉じながら、そんなことを言う。
だが当の黒子は冷静に「ボクは先生じゃないし、神でもないですよ」と答えた。
黒子は伊月たちの高校の運動部員たちに「神の手」と呼ばれていた。
深刻なケガをした者が、何人も黒子の治療で完治したからだ。
個人の体質やケガの度合いを見極め、最良の方法を見つける。
黒子はこの能力に長けているのだ。
伊月君の場合、お話を聞く限りでは、眼精疲労が原因の可能性が高そうです。
勉強している時、1時間に1度は休憩してください。
そうですね、1分でいいので、目を休めて、肩を軽く回してみましょう。
それでも改善しないようなら、また考えましょう。
黒子はそう告げると、マッサージを終える。
伊月は「軽くなった!」と本当に嬉しそうだ。
黒子は「よかったです」と答えて、治療を終えた。
伊月が嬉々とした足取りで、診察室を出ていくのを見て、次の患者のデータを見る。
またしても高校生で、試合中に膝を故障し、何度かここに通ってきている少年だ。
だが少年を呼び入れようとした瞬間「黒子ってのは、どこだ!?」と無遠慮な声が聞こえた。
お前が黒子か!?
診察室のドアが乱暴に開かれ、1人の大男が飛び込んできた。
黒子は椅子に座ったまま「どちらさまですか?」と聞く。
すると大男は「オレを知らねーのかよ!?」と声を裏返して、絶叫した。
もちろん知っている。
直接会うのは初めてだが、何しろその男は有名人なのだ。
今、日本で一番有名なアスリートと言っても過言ではない男だった。
だがそれとこれとは別の話だ。
いきなり診察室に踏み込んでくる無礼な男に、ペースを合わせる必要などない。
オレのケガを治してくれ!
大男は冷静な黒子に怯んだようだが、気を取り直して、詰め寄ってきた。
だが黒子は首を振って「申し訳ありません」と頭を下げた。
予約の患者さんがいらっしゃるんで、お待ちください。
お時間がないようでしたら、受付で予約を取って、後日お越しください。
黒子がそう告げると、大男は「待てねーんだ。オレを先に!」と叫んだ。
そしてちょうど入ってきた次の予約の患者を指さして、さらに声を張り上げる。
制服姿の少年は、有名なアスリートがいるのを見つけて、目を丸くした。
高校生を優先するってのか!?オレは大事な試合が。。。
なおも叫ぶ大男に、黒子はツカツカと歩み寄ると、思い切り平手打ちを食らわせた。
一瞬何が起きたかわからず、ポカンとした大男だったが、我に返る。
そして「何しやがる!」と叫んだ。
うるさい!ボクに看てほしいなら、ここのルールに従え!
黒子は普段の物静かで礼儀正しい態度を脱ぎ捨て、一喝した。
すると大男も、次に診察予定の高校生も、迫力に押されて黙り込む。
じゃあ木吉君、診察します。
あなたはさっさと出て行ってください。
黒子は予定していた高校生を招き入れると、大男を追い出した。
火神大我。
それが日本を代表するアスリートであり、黒子が追い出した大男の名前だった。
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