隠霊師黒子

まさか、オレ、クビ、っすか?
火神は恐る恐るそう聞いた。

相田スポーツジム。
火神大我はここでインストラクターをしている。
健康のため、アスリートとして進化するため、ストレス解消のため。
人々は様々な理由で、スポーツジムに通ってくる。
そんな彼らにアドバイスをしたり、フィットネス器具の使い方を教えたりするのは楽しい。
体格の良さと運動神経が取り柄の火神にとって、適職といえるだろう。

だがそれはあくまで表向きのことだった。
火神、そしてこのジムで働く他のインストラクターたちには裏の顔がある。
それは人間に危害を加えようとする魔物たちを退治する仕事だ。
火神は幼い頃から、人ならざる邪悪な存在が見えた。
そしてその後の訓練を経て、それらを倒すための能力を身につけた。

訓練過程を終えた者たちは、日本政府直轄の特務機関「帝光」の所属になる。
だが表向きは別の仕事を持ち、普通の人間として生活するのだ
これは何も知らない多くの国民をパニックに陥れないための措置だ。
ほとんどの人間は魔物のことも、それを人知れず退治する者のことも知らずに生きている。
そんな人たちを無駄に混乱させないようにするのも、また任務なのだ。

魔物退治をする者たちは「帝光」に命じられたチーム単位で動くことになる。
火神が所属するチーム「誠凛」のメンバーは全員、相田ジムのインストラクターだ。
リーダーの相田リコ、そして特別な能力を持つ10名の男で構成されている。
火神はメンバーの中では一番魔物を封じる攻撃力が強いので、最前線に立つ場面が多い。

彼らはジムの閉館時間を過ぎると、毎日恒例のミーティングを行なう。
リコが「帝光」から聞いた魔物や他のチームの情報を、メンバーに伝達するのだ。
その場でリコが「明日から新しいメンバーが来るから」と告げたのだった。

新メンバーって。まさか、オレ、クビ、っすか?
火神は恐る恐るそう聞いた。
実は最近、火神は困ったことになっていた。
魔物を封じる能力が上がってくるにつれ、その「気」が強くなり過ぎたのだ。
そうなると困った問題が発生する。
退治される側の魔物がその「気」を察知して、姿を隠してしまうのだ。
だから最近の火神は、任務から外されることも増えてきた。
そんな時に新メンバーの話など聞けば、自分の代わりなのかと考えてしまう。

いいえ、違うわ。確かに火神君の問題は「帝光」に報告済だけど。
新メンバーの派遣はあくまで増員で、交代じゃない。
リコは宥めるようにそう告げると、手にしていた資料に視線を落とす。
それは先程届いたばかりの新メンバーのプロフィールだった。

ええと、名前は黒子テツヤ君。
随分あちこちのチームを転々としてるわね。
あら、でも最初のチームには3年所属してる。そのチーム名は。。。「キセキ」!?
資料を読み上げていたリコの声が裏返る。
そして集まっていたメンバーたちが一気に騒めいた。

「キセキ」ってあの!?伝説の!?
真っ先に叫んだのは、小金井だ。
そりゃ、すごい戦力だな。
続いて土田が興奮した声を上げ、寡黙な水戸部でさえ喜びを身体で表現している。
だが日向と伊月は顔を見合わせると、納得いかない表情で首を傾げていた。

チーム「キセキ」は解散して、メンバーはそれぞれ新しいチームを組んだって聞いているぞ。
冷静に口を挟んだのは、日向だった。
そもそも3年も「キセキ」にいたってことは、かなりの能力の持ち主だ。
そんなヤツが、チームを転々としてるってどういうことだ?
伊月ももっともな疑問を口にする。

チーム「キセキ」って、実在したんだな。
興奮した声を上げるのは降旗で、河原と福田が頷く。
能力が覚醒して間もない彼らは、まだこの仕事を始めたばかりだ。
全員が強大な能力を持つチーム「キセキ」が活躍していたのは、それより前。
そして3人が訓練を受け始める前に「キセキ」は解散してしまっていた。
そんな彼らにとって「キセキ」は都市伝説のようなもの。
その武勇伝は凄すぎて、チームが本当にあったかどうかさえ、疑わしいほどだった。

まぁまぁ。その黒子君、だっけ?明日彼が来れば、わかるだろう。
おおらかな笑顔を見せたのは、木吉だった。
確かに今、考えたところで仕方ないぜ、です。
火神も木吉の発言に同意する。
はっきり言って、今の火神にはとって他人のことなどどうでもよかった。

そうね。明日のミーティングには黒子君も参加できるから、質問はそのときに。
以上よ、解散!
リコの掛け声で、メンバーたちは自主トレの時間になる。
それぞれの能力を磨くために、リコが作ったトレーニングメニューをこなすのだ。
火神はそんな彼らの動きを、目で追いながらため息をついた。

火神君、アンタはもう終わりよ。上がりなさい。
リコに促された火神は、1人トボトボとロッカールームに向かった。
火神の問題-強すぎる「気」を魔物に察知されてしまうことに、解決策が見つかっていない。
だから今のところはこれ以上「気」を高めるトレーニングを禁止されていた。

ああ、面白くない。
火神はドスドスと乱暴な足取りで、ロッカールームに向かう。
もし客がいる時間にこんなに不機嫌丸出しで歩いたらリコにどやされてしまう。
だけど今は閉館時間を過ぎている。
多少は態度が悪くても、かまわないだろう。

頭に血が上っていた火神は気付かなかった。
人気のないエントランスホールから、じっと自分を見ている青年がいたことに。
彼こそ「誠凛」というチームを、劇的に変えることになる。
だが、今の火神はそんなことを知る由もなかった。
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