Professional Delivery

お待たせしました。ファントムピザです。
黒子はオートロックの操作パネルで目指す部屋番号を押して、そう告げた。
すると閉ざされていたガラスのドアが、ゆっくりと開いた。

黒子テツヤは注文のピザを抱えて、マンションのエントランスをくぐった。
ここは配達員の間でも有名なマンション。
なぜなら芸能人や有名人が多く居住しているのだ。
トラブルを嫌い、芸能人等はことわる大家が多い。
だから必然的に、許可してくれるマンションに集まる形になる。

黒子はエレベーターに乗ると「6」と書かれたボタンを押した。
注文主である6階の最奥の部屋の住人は、もちろん芸能人。
売り出し中のアイドルで、月に数回、ピザを頼んでくれる常連だ。
頼むのは毎回、Lサイズのピザが2枚。
だが部屋には大人数がいる気配がない。
察するに、よほど大食らいのカレシがいるのだろう。

黒子は部屋の前のドアフォンをもう1度押して「ファントムピザです」と告げた。
すぐに「はぁい」と若い女性の声が応じて、ドアが開く。
現れたのはテレビでもお馴染みのアイドル、桃井さつきだ。
だが黒子は普通の客と何ら変わることなく、応対することにしている。
注文の品物をが間違いないか確認し、料金を受け取る。
それがプロとしての礼儀だと思っているし、そもそも芸能人に興味がないのだ。

イベリコ豚スペシャル、三大珍味キャビア、フォアグラ、トリュフ乗せ、Lサイズを2枚ですね。
消費税を含めまして、8424円です。
黒子が淀みなく、いつものセリフを口にする。
毎回注文が同じなので、もう覚えてしまっているのだ。
すると桃井は「はい」と答えて、財布を開く。
無造作に1万円札を取り出し、釣銭を渡すところまでがもはやいつものルーティーンだ。

だがこの日はいつもの違った。
桃井が財布を開くなり「あ、いけない!」と声を上げたのだ。
どうやら金が足りないらしい。
銀行から下ろし忘れたのか、それとも急な買い物でもしたのか。

ちょっと待ってくださいね。
桃井はそう告げると、廊下をパタパタと戻って、奥の扉を開けた。
ちなみにこのマンションは玄関ドアを開けても、廊下と各部屋のドアしか見えない。
最初から芸能人の入居を考慮し、プライベートな部屋は見せない設計なのだ。

大ちゃん、ゴメン!今ちょっと財布にお金がなくて!
桃井は奥のドアを開けながら、中にいた男に声をかける。
ドアを開けた一瞬だけ、その男の顔が見えた。
あれは確か、青峰大輝。
日本人離れしたプレイでNBA入りの期待がかかるバスケ選手だ。
テレビのスポーツ系のバラエティ番組にもたまに出ていて、若者を中心に人気急上昇中だ。

ごめんなさい。これでお願いします。
桃井はパタパタと戻ってくると、1万円札を差し出した。
黒子は慣れた動作で釣銭を渡すと「毎度ありがとうございます」と頭を下げて、部屋を後にした。

配達完了しました。今日はこれで上がります。
ピザ店に戻ると、黒子は挨拶をして店を出る。
時刻はもうすでに深夜、次に向かうのは新聞販売店だ。
実は黒子は元々新聞配達員であり、配達区域内の情報は熟知している。
そこで空いた時間には、ピザや出前などの配達もしているのだ。
どの店にも兼業であることはきちんと伝えてあるし、この辺りの地理に明るいことはむしろ武器だ。
つまり黒子はこの地区限定のプロの「配達屋」なのである。

桃井さつきと青峰大輝。
付き合っていることがバレたら、結構なスキャンダルなんでしょうね。
黒子は心の中でそんなことを思い、クスリと笑った。
配達をしていると、いろいろなことを見聞きする。
特にあのマンションは、ネタの宝庫だ。

おはようございます。
黒子は新聞販売店に到着すると、挨拶もそこそこに朝刊の配達準備にかかる。
これを配り終わったところで、配達屋の1日はようやく終了だ。
昼夜逆転の孤独な仕事。
だが黒子はこれはこれで楽しいし、自分の性に合うと思っている。
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