おは朝占い

うわ、影、うっすい!
高尾は心の中だけで、初めて会う青年の感想を絶叫していた。
だが青年はそんな高尾の内心など知らない様子で「何の御用でしょうか?」と問いかけてきた。

高尾和成は都内の名門高校の3年生だ。
もうすぐ受験を控えた身でもある。
だがそれだけではない。
高校生でありながら、クラスメイトの付き人のようなことをやっている。
もちろん趣味でしているのではなく、頼まれているのだ。

そのクラスメイトの名は、緑間真太郎。
日本を代表する企業の社長令息でもある。
高尾の父は緑間の父の右腕であり、その関係で緑間とは小さい頃から面識がある。
そして高尾は、緑間の父からは常々「真太郎を頼む」と言われていた。
単に言葉だけではなく、幼稚園から高校まで一緒のところに行かせるという徹底ぶりだ。
ずっと同じクラスだったのは、緑間の父が学校に働きかけたのかもしれない。

ではなぜ緑間の父が、息子を高尾に託すのか。
理由はただ1つ、緑間はとにかく変わり者なのである。
基本的にはプライドが高く、不愛想。
なぜか語尾に「~なのだよ」をつけて話す。
極めつけは占い好き、特に朝のテレビの情報番組のワンコーナー「おは朝占い」の絶対信者だ。
紹介されるラッキーアイテムは必ずその日一日持ち歩くという徹底ぶりである。
しかもなぜかアイテムが大きい方が、効果が高いと思い込んでいる。
ラッキーアイテムが「タヌキの置き物」と言われたときには、大変だった。
緑間は朝一で行きつけの骨董屋に直行し、幼稚園児くらいの大きさの信楽焼のタヌキを買ったのだ。
しかもそれを一日持ち歩いたのである。

そりゃ座右の銘が「人事を尽くして天命を待つ」だそうだが、人事を尽くす場所、違くねーか?
高尾はそんな緑間の奇行を呆れながら見ていた。
よくもあんな大きくて重たいワレモノを、一日持って歩けるものだ。
そもそも高校生の分際で、行きつけの骨董屋があるって何なんだ?
まぁ面白いっちゃあ面白いが、見守る方はケガでもしないかとヒヤヒヤする。

高尾でさえそうなのだから、親としては何としても止めてほしいだろう。
だが緑間は頑固者で、いくら言っても「おは朝占い」のラッキーアイテムチェックを続けている。
つい先日などはラッキーアイテムがピアノと聞かされ、これまた大騒ぎだった。
あろうことか、家のグランドピアノを引きずって登校しようとしたのである。
結局知り合いに電話をかけまくり、幼児用の玩具の小さなピアノを借りて、その日は何とか乗り切った。

ちなみに元々「おは朝占い」にはまっていた緑間だったが、ここ2ヶ月はますます執着するようになった。
理由は簡単、10月から「おは朝占い」を監修する占星術師が変わったのである。
9月までは「ファイアーゴット先生」とテロップが出ていた。
だが10月からは「ブラックチャイルド先生」になった。
緑間曰く「10月からの方がよく当たる」とのこと。
だからアイテムチェックにも、以前より熱が入っているのだ。
そしてこの状況を憂えた緑間の父から、高尾に秘密理に司令が下された。

いいか、和成。
この占星術師に会って、かに座のラッキーアイテムはデカい物にするなと頼んで来い。

それを聞いた高尾は盛大にズッコケた。
なに、そのバカバカしい指令。
だけど緑間のラッキーアイテム狂いは深刻だった。
しかももうすぐ受験なのだ。
もしも受験日当日に、巨大なアイテムが指定されたら?
想像しただけでも、ゾッとする!

かくして高尾は緑間には内緒で、件の占星術師に会いに行くことになった。
別に高尾が行く筋合いではないと思うが、緑間の父親の気持ちを考えたらことわれなかった。
ある意味、息子の恥とも言えるし、知らない人間に頼めないだろう。
かと言って自分で行く気にもなれない。そもそも社長は多忙だ。
それならやはり、高尾が行くのが、適任だろう。
それに高尾自身も興味があるのだ。
あの緑間があそこまでハマった占いを監修しているのは、どんな人物なのか。

占星術師の素性は、緑間の父から情報をもらった。
緑間の父が経営する大企業は、テレビ番組のスポンサーをよくやっている。
つまりテレビ局に強力なコネクションがあるので、番組の関係者の情報など簡単に引き出せるのだ。
名前と住所など基本的なプロフィールを見た高尾は、爆笑した。

占星術師ブラックチャイルド、本名は黒子テツヤ。
黒子を英語にしてブラックチャイルドってか?
ネーミング、ダサすぎる!

とにかく高尾はタイミングを見計らい、学校帰りに教えられた住所に向かった。
タイミングとはもちろん、ラッキーアイテムだ。
ちなみにその日のラッキーアイテムは赤いボールペンだったから、緑間1人でも大丈夫だろう。
デカいアイテムの日は、高尾は緑間を家に送り届けるのが日常化していたのだ。

ブラックチャイルドこと黒子テツヤは、都内某所のマンションに住んでいた。
全部屋賃貸のワンルーム、まるで大学生が住むような部屋だ。
今時オートロックもなく、簡単に部屋の前まで行けた。
ドアチャイムを押すと誰かを確かめることもなく、あっさりとドアが開く。
顔を出した青年は、不思議そうな顔で学生服姿の高尾を見た。

この場合は当然、先に名乗るのは訪問してきた高尾であるべきだ。
だが高尾はしばらく声が出ず、心の中で「うわ、影、うっすい!」と叫んでいた。
それが黒子の第一印象だ。
無表情というか、存在感が希薄というか。
それでも薄気味悪く見えないのは、ある意味才能である。

何の御用でしょうか?
あまりにも高尾が黙っていたせいか、黒子の方が先に口を開いた。
高尾は慌てて我に返ると「高尾と言います。お願いがあって来ました」と告げた。
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