黒ちんは特別

紫原敦は進学と同時に、寮に入った。
なぜなら紫原の通う陽泉高校は秋田なのだ。
とても自宅から通学できる場所ではないからだ。
最初は秋田の高校なんて絶対ないと思っていたが、結局これはこれで楽でいいと思った。
何しろ寮は高校に併設されており、通学時間は実に数分なのだ。

かくして陽泉高校に入学してから、紫原は1つの大きな問題に気付いた。
それは大好きなスナック菓子の入手だ。
コンビニはあるが、東京ほど多くないし、そもそも学校からは遠い。
学校の敷地が無駄に広くて、通学時間が短くて済む代償だ。
それにコンビニに行っても、東京程の品揃えがない。
たまに秋田限定なんてものを見るが、たいてい「きりたんぽ味」なのだ。

そんな事態を打開する手段は、1つしかない。
それは東京からお菓子を送ってもらうことだ。
親からは毎月、大量のスナック菓子が届く。
だがそれでは足りないときには、中学時代のチームメイトに頼んでいた。

今日も寮に戻ると、部屋の前に小さなダンボールの包みが置かれていた。
これは親からではなく、元チームメイトからの方だろう。
案の定、宅配便の送り主の欄には「黒子テツヤ」の署名があった。
品名は「まいう棒」だ。
別にただ「食品」とでも書けばいいだろうに、律儀な彼らしい。

「まいう棒なんて、コンビニでも買えるだろう?」
背後から声をかけてきたのは、たまたま通りかかった現在のチームメイト。
氷室が送り状を覗き込みながら、そう言った。
この学校に転入した当初は、ものすごい勢いでスナック菓子を食べる紫原に驚いていた。
だが慣れというのは恐ろしいもので、今はもう当たり前の光景に見えているらしい。

「これは東京限定もんじゃ味。たまに食べたくなるんだよ。」
「へぇ。ところで何でいつも黒子君に頼むんだい?」
意外な質問に、紫原は首を傾げた。
確かに菓子を送ってと頼むのは、親の他は黒子だけだ。

1年のウィンターカップ以来、黒子とは何となくメールを交わすようになった。
メル友なんてほどではなく、本当に思い出したような近況報告だ。
その延長で東京でしか買えない菓子を頼んだりしている。
でも黒子以外の誰かにそれをしようとは考えもしなかった。
東京なら青峰とか緑間もいるが、彼らに頼むのは問題外な気がした。
そもそも引き受けてもくれなそうだけれど。

「黒ちんは特別。だから頼むんだよ。」
紫原は当たり前のように、そう告げた。
質問の答えになっていないと自分でも思ったが、氷室は「ふぅん」と応じた。
そして手を振りながら、自分の部屋へと引き上げていく。

黒ちんは特別。
何だかひどく恥ずかしいことを言ったような気もする。
だけど本当のことだし、別にかまわないだろう。
紫原は置いてあったダンボールを持ち上げた。
軽いけど美味しいのは、まいう棒も黒子も同じだ。

【終】
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