征ちゃんの好きな人

赤司は変わったな。
それはかつて「無冠の五将」と呼ばれた3人の、共通の感想だった。

「じゃあこんな感じでいいわね。」
実渕は一同の顔を見回しながら、ノートを閉じた。
葉山と根武谷が大きく頷き、赤司が「いいんじゃないか」と応じる。
ここは洛山高校バスケ部の部室。
彼ら4人は今、3年生の送別会の大まかな段取りを決めたところだった。

「じゃあ後は1年生にやらせましょうか」
「そうだな。じゃあ細かい作業の分担を相談して決めておく。」
「え?何で征ちゃんが?」
「オレだって1年だぞ。」

実渕と赤司のやりとりを聞いていた葉山と根武谷が「はぁぁ!?」と声を上げる。
そりゃ驚きもする。
元「キセキの世代」の主将で、現在は洛山高校の主将。
そんな赤司が他の1年生と一緒に、雑用をするというのだがら。
赤司は変わったな。
それはかつて「無冠の五将」と呼ばれた3人の、共通の感想だった。
単に「ボク」が「オレ」になっただけではない。
とげとげしさがなくなり、穏やかになった。

「最近征ちゃん、モテてるよね。」
実渕はため息と共に、苦笑した。
葉山と根武谷はこれまた大きく頷く。
ウィンターカップ前の赤司は何となく近寄りがたい雰囲気だったのに、今は優し気になった。
だから女子からの人気、急上昇中なのだ。
肝心の当の赤司は「モテる?オレが?」と、まるで無頓着ではあったが。

「赤司って、好きな人いないの?」
ふとそんな素朴な質問を繰り出したのは、葉山だった。
モテるという話題から、ごく自然にそんな流れになったのだ。
だが赤司が「いないこともない」と答えた時には「えええ!?」と絶叫してしまった。
てっきり「そんな人はいない」と答えると思ったからだ。
実渕も根武谷も絶叫に加わり、その後、呆然と赤司を見る。
だがいち早く立ち直ったレオ姉こと実渕が「どんな子?教えて!」と身を乗り出した。

「そうだなぁ。まずバスケが好き」
「うん、そりゃそうよね~♪」
「ひかえめで口数もあまり多くない。それに沈着冷静だ。」
「クール系かぁ」
「それに神出鬼没だ。消えたと思ったら意外な場所から現れて、いつも驚かされる。」
「そ、それって」
「それに勝負強い。どんな強敵相手でも一歩も引かないし、絶対に諦めない。」

この時点で3人の脳裏には、ある人物の顔がくっきりと浮かんでいる。
だけど口には出せずに、お互いに顔を見合わせて、すがるような視線を向け合っていた。
その人物の名を口に出したら、赤司はどうするのだろう?
否定するのか、それとも笑顔で肯定するのか。
だがどちらを想像してもすごく怖くて、誰も何も言い出せないのだ。

「征ちゃんの好きな人って、きっとかわいい人ね。」
かろうじて実渕が、少々引きつった笑みでそう告げた。
赤司は一瞬驚いたものの、すぐに真顔になって「うん。確かにかわいいかな」と頷く。
ノロケか?ノロケなのか?
3人は「ははは」と硬い笑いをもらしながら、ひたすら頷くことしかできなかった。

それ以降、赤司の前では誰も「好きな人」の話題を振らなくなった。
そしてそれは赤司が卒業するまで、秘かに「裏の掟」として部内で徹底された。

【終】
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