驚かすなよ

「うわ!」
叫び声を聞いた伊月は、そちらの方向に振り向く。
目に飛び込んできたのは、額にべったりとを赤い液体をつけた黒子だった。

誠凛高校バスケ部の面々は、ファミレスに来ていた。
幸い2つ並んだテーブルが空いており、そこに案内される。
こういうとき、だいたい2年生、1年生で別れて座ることが多い。
今回も御多分に漏れず、そういう席順になった。

1年生たちは注文したものを食べ終えたが、物足りないからと追加注文をした。
メニューは安価なわりに比較的にボリュームがあるフライドポテト。
黒子が「僕はいらないので、割り勘の人数に入れないでください」と言った。
彼だけがオーダーしたパスタを半分近くを皿に残していた。

伊月俊は、そんな1年生たちの様子を見ながら苦笑した。
何だか火神につられて、他の1年生まで食欲が増しているような気がする。
たった1歳しか違わないのに、思わず「若いな」なんて呟いていたりする。

黒子こそ、もっと食べた方がいいんだけどな。
ゆっくりとフォークでパスタを巻いている黒子を見て、伊月はまた苦笑する。
誰よりも小さくて細い黒子は、大柄な選手とのマッチアップで時折転倒する。
そもそもそれ以前に、あの身体で他の部員と同じハードな練習をよくこなしていると思う。

「伊月、ちょっと数学、教えてほしいんだけど」
小金井に声をかけられて、伊月は慌てて黒子から目を離した。
男の後輩をこんなにマジマジと見るなんて、おかしい。
だが次の瞬間「うわ!」と叫び声が上がり、伊月だけでなく2年生全員がそちらを見た。
目に飛び込んできたのは、額にべったりとを赤い液体をつけた黒子の顔だった。

その瞬間、伊月の脳裏にある光景が蘇った。
額から血を流しながら、コートに倒れ込んでしまう黒子。
あの時伊月は驚きのあまり、動けなかった。
心臓が凍り付くような恐怖を感じて、黒子が心配だったのに駆け寄ることさえできなかったのだ。
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