かわいいけど、すごく男前

何でこんなことになったんだ。
伊月は自分の服装を見下ろすと、深いため息をついた。

事の発端は、平和な話だった。
監督であるリコが、有名レストランのお食事券を貰ったのだ。
1枚のチケットで、4人まで入店可能。
そのチケットが3枚、つまり12人まで入店できる。
これは幸運にも、誠凛高校バスケ部の人数と合致する。

しかも食事はバイキング形式。
火神のような大食いがいても、問題ない。
ただウマイ話には、だいたいオチがついているものだ。
この理想的な状況には、難点もあった。

件の店は女性客をターゲットとしており、このチケットは男性のみでは入店できない。
1枚のチケット4名の中で、最低1人は女性であることという条件がついていたのだ。
だがバスケ部の女性は、リコしかいない。
誰か女子を誘うことも考えたが、人数が余ってしまう。

「誰か2人、女装すればいいんじゃね?」
無責任なことを言い出したのは、小金井だ。
確かにそうすれば、問題は綺麗にクリアする。
だが仮にもバスケ部で、そこそこ筋トレもしている男子が化けられるとは思えない。
それなのにリコは「それで行こう!」という恐ろしい決断を下したのだ。

最大の問題は、誰が女装するかということだ。
そこで伊月は微妙な視線を感じた。
ほとんどの部員たちが、妙に生暖かい目でこちらを見ているのだ。

「もしかして、オレ!?」
「できるとしたら、お前と黒子だろ。」
「はぁぁ?」
主将の日向は、練習中に指示を飛ばすのと同じ口調でそう言い切った。
何でだよ!と思い切り反論したところで、心の底では納得してしまっていた。
誰にでもできることではないのだ。
例えば火神とか水戸部あたりが女装をしたら、それはそれは恐ろしいことになるだろう。

「だとしても、女装なんて嫌だし」
やはり割り切れない伊月は、最後の抵抗とばかりに文句を言う。
そしてもう1名、不本意な指名をされてしまった哀れな後輩、黒子テツヤを見た。
黒子はいつもと同じ落ち着いた表情で、黙り込んでいる。
少しも動じずに、この事態を受け止めているようだ。

伊月は大きくため息をついた。
後輩である黒子がこれほど冷静なのだ。
これ以上取り乱すのは、先輩として少々情けない気がしてきた。
理不尽な話ではあるが、ここは覚悟を決めるしかなさそうだ。

せめてもの腹いせに、思い切り木吉に蹴りを入れた。
無責任に「楽しんでこーぜ」となどと言うのが、どうしても癪に障ったからだ。
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