望みがないわけじゃない

「あれ?」
ジュッと音がして、黒子はぼんやりと目を開ける。
次の瞬間、右手に熱を感じて、首を傾げた。

放課後の部活の後、部員全員で訪れたファミレス。
隣では火神が左手で食事するというトレーニング中だ。
その横で黒子は目を閉じて食事をするという荒業に挑んだ。
だが結果はあえなく失敗。
ハンバーグを乗せた鉄板の上に、右手をついてしまった。
ジュッという音は、自分の手を火傷した音だったのだ。

「お前、何やってんだ!?」
「失敗です。目を閉じたまま食事をしようと思ったんですが。」
「何で目ぇ閉じるんだよ!」
「えーと。トレーニング?」
「何で疑問形だ!」

異変に気付いた火神が、ぎゃんぎゃんと文句を言う。
だが黒子はいつもの通り、抑揚のない声で答えながら、かすかに小首を傾げた。
熱い思いをしたのは黒子だけだし、火神のように誰にも迷惑をかけていない。
何しろ利き腕でない左手で食事をする火神は、箸で掴み損ねるといちいち大声で悪態をつく。
その上、掴み損ねた食べ物をあちこちに飛ばしたりするのだ。
それに比べたら、怒る筋合いなんかないはずだ。

黒子はうるさい火神を無視して、紙ナプキンでハンバーグソースで汚れた右手を拭いた。
だが油っぽいベタつきが綺麗に落ちない。
それに鉄板についてしまった部分がヒリヒリと痛み始めている。
黒子は「洗ってきます」と言って、席を立った。
火神はまだ「何のトレーニングか教えろよ!」と喚いていたが、綺麗にスルーだ。

「こら、火神。静かにしろ!」
主将の日向が火神を怒鳴り付けた。
騒ぐ火神を日向が咎めるのは、お馴染みの光景だ。
火神はトイレに向かう黒子を睨みながら、不満そうに「はい」と答える。

「何笑ってるんだ、伊月?」
日向に声をかけられて、伊月は我に返る。
そして頬が緩んでいたことに気付き、慌てて表情を引き締めると「別に」と答えた。
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