「うわ～、楽しいなぁ！」
軽やかなランを決めたセナから、思わず感想が漏れる。
それを聞いたヒル魔は「楽しいか？」とヘルメットの中で顔をしかめていた。

本日はプロボウル。
アメリカンフットボールの最高峰、ＮＦＬのオールスターゲームである。
出場選手はファンや選手、コーチらから投票により選出される。
つまり今回出場できるのは、セナとヒル魔にとって実に名誉なことだ。
だが実際のところ、試合はほぼほぼ盛り上がっていない。

盛り上がらない理由は、別にセナやヒル魔のせいではない。
やはり人々の最大の関心はスーパーボウルなのだ。
翌週開催のスーパーボウル出場チームの選手は、プロボウルに選ばれても辞退する。
本番であるスーパーボウルに照準を合わせ、調整するからだ。

そしてプロボウル出場選手も本気でプレイなどしない。
こんなところでケガをして、選手生命を削っても合わないからだ。
だから暗黙のルールでシーズン中のようなアグレッシブなプレイはしないのだ。
それがあまりにも顕著になったため、プロボウルはなんとアメフトではなくなった。
名称を「ザ・プロボウル・ゲームズ」に変更し、フラッグフットボールの試合をするのだ。

フラッグフットボールはアメフトに比べれば、かなりライトだ。
ボールを奪うタックルの代わりに、選手の腰につけたフラッグを取ることに変わった。
アメフトの戦略等はそのままに、より安全にプレイできる。
手軽に安全に「アメフトっぽさ」を楽しめるゲームなのである。

そしてこれをセナは完全に楽しんでいた。
高校の頃よりは身長も体重も伸びたが、選手のなかでは小柄なのだ。
どうしてもタックルなどには弱く、いつもケガの危険が付きまとう。
だからその心配がほぼないだけでも、かなり楽だ。
しかもフラッグフットボールは防具も使わない。
だから身体も身軽で、かなり走りやすいのだ。
つまりセナにとっては良いことばかりで、かなりテンションも上がっていた。

「うわ～、楽しいなぁ！」
軽やかなランを決めたセナから、思わず感想が漏れる。
厳しいタックルがないフィールドは、セナの独壇場だった。
暗黙のルールで、誰も全力プレイはしていない。
セナもそれに乗っ取り、７～８割程度の力で走っている。
それでもこの状況下では圧倒的に早かった。

「楽しいか？」
ヒル魔はとヘルメットの中で顔をしかめている。
本来ならスーパーボウルに出たかった。
だが今年のチームは進むことができず、ここにいる。
そして全力を出せないお祭りのような試合に、正直飽きていたのだ。

「楽しいじゃないですか。」
「そうか？」
「そうですよ。安全に走れるんですよ？」

その言葉通り、セナは心からこの状況を楽しんでいた。
ヒル魔は「フン」と鼻を鳴らしながら、位置につくのを見て苦笑する。
セナが華麗なランを決めたので、まだこちらの攻撃だ。
ヒル魔は興は乗っていないようだが、プロとしてキチンと仕事をするだろう。