アクシデント

「っ!!」
ヒル魔が指を押さえながら、フィールドに倒れた。
セナは思わず声にならない悲鳴を上げ、ヒル魔に駆け寄った。

NFLシーズンが始まった。
セナもヒル魔も同じチームで、今シーズンもレギュラーポジションを獲得。
こうして一緒にフィールドに立ち、元気にプレイしている。
だけどもうアラサーと呼ばれる年齢で、ポテンシャルの限界も見えていた。
NFLプレイヤーとして、いつ終わってもおかしくないと覚悟もできている。

そんなある日の試合中のことだ。
ヒル魔が、タックルを受けて倒れた。
パスを投げる前、いわゆるQBサックというやつだ。
ヒル魔はボールを取り落とし、勢いよく転がった。

ヒル魔本人は一瞬、顔をしかめたものの、すぐに立ち上がった。
そして駆け寄ったセナを見て、1つ頷く。
どうやら大したケガではないらしい。
だけど残念ながら、まったく無傷というわけではなかった。

後で聞いたところによると、軽い突き指だった。
少しだけ痛みがあるが、プレイできないことはない。
一晩寝て翌日には痛みは消え、次の試合日には完治する程度。
もしも高校時代だったら、そのまま続けていただろう。

だけどこの日は交代となった。
なぜならここはプロ選手の最高峰のリーグなのだ。
万全ではない選手に出る幕はない。
だからヒル魔もすんなりと交代に応じた。
セナにもう1度、目配せをして。
心配するな。後は頼むという無言のメッセージだ。

セナは深呼吸をして、交代で入った選手を見た。
大学を卒業したばかりの若いクォーターバックだ。
目を閉じて、彼との練習を思い出す。
ハンドパスはヒル魔よりやや遅め、だけど堅実なパスを出す。
切り替えて、しっかりとタイミングを合わせなくては。

セナは定位置に戻ると、ベンチで治療を受けるヒル魔をチラリと見た。
その瞬間、頭の中で悪魔の囁きを聞く。
だが首を振って、それを追い払った。
もう1度深呼吸をして、集中を高める。

そしておもむろに始まるハットコール。
セナはいつもと違うボールを受け取り、勢いよくスタートを切った。
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