デスバレーにて

「ファッキン!」
ベットの上のヒル魔が盛大に悪態をつく。
セナは「悪魔が熱中症なんて。シャレになりませんよ?」と苦笑した。

セナとヒル魔はラスベガスにいた。
NFLプレイヤーとして、遠征やトレーニングに忙しい日々。
その合間を縫うようにして、観光に来たのだ。
目的地はデスバレー、世界で一番暑いといわれる場所である。

なんでよりによって。
最初に行こうと言われたとき、セナはそう思った。
今年の夏は、特に暑い。
そんな中、何で敢えてさらに暑さを求めなければならないのか。

だけどすぐに「それもありか」と思い直した。
もうすでに笑えるくらいの猛暑なのだ。
ならいっそ世界一の暑さ、経験してやろうじゃないか。
ヒル魔が行くと言い出したのも、きっと同じ気持ちのはずだ。
厳しいNFLの世界、来年も契約があるとは限らない。
だから今のうちに、アメリカを満喫するつもりなのだ。

そして2人は大いに楽しんだ。
草1つ生えない死の谷の光景は、圧巻だった。
この日の気温は何と50度超え。
その寒暖計の電光掲示の前で、記念写真も撮った。
だがホテルに戻ったところで、異変が起きた。

ヒル魔が立ち眩みを起こし、倒れたのだ。
わかりやすく、熱中症だ。
倒れ込んだ場所がベットだったのが、不幸中の幸いと言えるだろう。
セナは悪態をつくヒル魔を着替えさせた。
さらに水を飲ませ、額に冷たい水で絞ったタオルを当てた。

「悪魔が熱中症なんて。シャレになりませんよ?」
「うるせぇよ」

セナがやんわりと茶化せば、ヒル魔が文句を言う。
とりあえず言い返す元気はあるようだ。
そのことにホッとしながら、ヒル魔の横に滑り込む。
キングサイズのベットは、2人で寝たところで充分広かった。

「何だか年々、暑くなってきますよね。」
「そうだな。」
「昔は30度を超えれば、今日は暑いねって言ってた気がします。」
「確かにな。」
「デスマーチのとき、こんな暑さじゃなくてよかったですね。」
「ああ」

セナがポツポツ喋れば、ヒル魔も答えてくれる。
だけどもうヒル魔は眠った方が良いだろう。
もうこれ以上、喋らない。
セナは口を噤み、添い寝することにした。
だが時間つぶしにとスマホを操作したところで「あ」と声を上げた。

「どうした?」
「N大アメフト部の寮で、大麻と覚せい剤発見ってニュースになってます。」

アメフト界のスキャンダルを見つけたセナは驚き、思わず喋ってしまった。
ヒル魔は「ファッキン!」と盛大に悪態をつく。
だがそれ以上、何も言わずに目を閉じた。

やがて静かな寝息が聞こえてきた。
セナはそのことに安堵しながら、目を閉じる。
ニュースは気になるが、今は二の次。
まずはアメリカで一番の暑さを経験した身体を、休ませるべきだ。
1/2ページ