ケルベロスの純真

「大丈夫か?」
部屋から出てきたセナに、ヒル魔は声をかける。
セナは泣き腫らした目でヒル魔を見ながら「すみません」と頭を下げた。

ここはアメリカ、ヒル魔とセナが暮らす家だ。
NFLプレイヤーとして成功した2人の、愛の巣である。
2人暮らしなのに無駄に広く、無駄に豪華。
リビングや居室の他に、プールやジム、シアタールームもある。
さらに広い庭の一角には、ケルベロスの小屋まであった。
ちなみにこの小屋は、東京のセナの実家より広い。

そんな豪邸の自室で、セナは泣いていた。
理由は母親から届いたメッセージだった。
実家で飼っていた猫のピットがその寿命を終えたのだ。
それを見たセナの涙腺は決壊し、寝室に1人籠ってしまっていた。

あの猫か。
ヒル魔はピットのことを思い出し、ため息をついた。
実はピットはアメフト界では有名だった。
なぜなら日本で唯一、クリリスマスボウルを観戦した猫だからだ。
本来ならスタジアムに動物は入れない。
だけどセナの母親はそれを知らずに「ピットも家族だから」と連れて来た。
あまりにも堂々としていたので、係員が制止しなかったのだ。

そんなピットの訃報である。
ヒル魔ですら、悲しいと思う。
だからセナが泣いている理由は充分理解できた。
大事な家族だったのだから。
猫としては充分に長寿だったが、だから割り切れるものでもない。

ヒル魔は寝室に籠ってしまったセナを放っておいた。
慰めるなんて、ガラじゃない。
そもそも慰めてどうにかなる話でもないからだ。
セナが受け入れて心の整理をするのを、ただ待つだけ。
だけど小一時間ほどで部屋から出てきたセナを見て、やはりホッとした。

「大丈夫か?」
ヒル魔はさりげなさを装いながら、声をかける。
セナは泣き腫らした目でヒル魔を見ながら「すみません」と頭を下げた。
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