ミントの誘惑
部室の壁に1枚の写真が貼ってある。
祝・関東大会出場決定!!と書かれたそれは、盤戸スパイダーズに勝った後の祝勝会で撮られたものだ。
この写真は僕にとって不本意極まりないものだ。
試合でヘロヘロになった僕は、ロッカールームに引き上げる為に通路を歩いているところから、
樽酒を頭からぶちまけられる辺りまでの記憶がない。
だから仰天した顔でひっくり返っているというこの上なくかっこ悪い写真が部室を飾っている。
僕の意識がない短い間に何があったのか。部員の誰でも聞けば教えてくれると思う。
でも敢えて聞かないことにしている。知らなければ想像することができるからだ。
自分に都合のいい甘い夢を。
時間を少し遡って、NASAエイリアンズとの試合。
僕は試合終了の瞬間、やはり意識がなかった。
目を醒ました瞬間に僕はある香りを嗅いだ。ミントのようなオーデコロンの香り。
僕はこの香りをよく知っている。
練習で。試合で。彼からのボールの手渡しの度に香るからだ。
それは僕のユニフォームから香っていた。でも僕はコロンなんてつけない。
だから倒れてしまった僕をベンチまで運んでくれた人からの移り香だと勝手に思っている。
そして盤戸戦の後。僕が目を醒ましたとき、やはり自分の身体から同じ香りを嗅いだ。
僕はデビルバッツの中でも体力はない方だし、意識を飛ばすなんて恥ずかしいことだけど。
でも彼が運んでくれたんだろうかと思うと、どこか嬉しいなんて考えてしまう。
もうちょっとだけ、何となく乙女な妄想を楽しもうとミントの香りを吸い込んだ途端。
僕は樽酒をぶちまけられたのだ。
そんなことを考えながら、部室に貼られた写真を見ていたら後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
テメー、いつまで写真見てやがるんだ。僕の心を揺さぶる彼の声だ。
なんでよりによってせっかくの記念写真で僕、こんなことになってるんでしょうね。
僕は背後に立つ彼の気配を感じながら、振り返らずに愚痴を言った。
テメーらしくていいんじゃねぇか?彼は例によってケケケと笑う。
僕はそれを背中越しに聞きながら、はぁぁとため息をついた。
不意に彼の笑い声が消えて、沈黙が訪れた。僕が不審に思って振り返ろうとした瞬間。
彼は背後から僕の耳元に顔を寄せて、囁いた。
テメーがあんまりクンクン嗅いでたから、酒ぶっかけて匂いを消してやったんだよ。
それって。。。。。。
僕の回転の遅い頭がその言葉の意味を理解し、振り返ったとき。
彼はもう部室から出て行ってしまった後で、その姿はなかった。
ミントの香りだけが、甘くさわやかに残されている。
【終】
祝・関東大会出場決定!!と書かれたそれは、盤戸スパイダーズに勝った後の祝勝会で撮られたものだ。
この写真は僕にとって不本意極まりないものだ。
試合でヘロヘロになった僕は、ロッカールームに引き上げる為に通路を歩いているところから、
樽酒を頭からぶちまけられる辺りまでの記憶がない。
だから仰天した顔でひっくり返っているというこの上なくかっこ悪い写真が部室を飾っている。
僕の意識がない短い間に何があったのか。部員の誰でも聞けば教えてくれると思う。
でも敢えて聞かないことにしている。知らなければ想像することができるからだ。
自分に都合のいい甘い夢を。
時間を少し遡って、NASAエイリアンズとの試合。
僕は試合終了の瞬間、やはり意識がなかった。
目を醒ました瞬間に僕はある香りを嗅いだ。ミントのようなオーデコロンの香り。
僕はこの香りをよく知っている。
練習で。試合で。彼からのボールの手渡しの度に香るからだ。
それは僕のユニフォームから香っていた。でも僕はコロンなんてつけない。
だから倒れてしまった僕をベンチまで運んでくれた人からの移り香だと勝手に思っている。
そして盤戸戦の後。僕が目を醒ましたとき、やはり自分の身体から同じ香りを嗅いだ。
僕はデビルバッツの中でも体力はない方だし、意識を飛ばすなんて恥ずかしいことだけど。
でも彼が運んでくれたんだろうかと思うと、どこか嬉しいなんて考えてしまう。
もうちょっとだけ、何となく乙女な妄想を楽しもうとミントの香りを吸い込んだ途端。
僕は樽酒をぶちまけられたのだ。
そんなことを考えながら、部室に貼られた写真を見ていたら後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
テメー、いつまで写真見てやがるんだ。僕の心を揺さぶる彼の声だ。
なんでよりによってせっかくの記念写真で僕、こんなことになってるんでしょうね。
僕は背後に立つ彼の気配を感じながら、振り返らずに愚痴を言った。
テメーらしくていいんじゃねぇか?彼は例によってケケケと笑う。
僕はそれを背中越しに聞きながら、はぁぁとため息をついた。
不意に彼の笑い声が消えて、沈黙が訪れた。僕が不審に思って振り返ろうとした瞬間。
彼は背後から僕の耳元に顔を寄せて、囁いた。
テメーがあんまりクンクン嗅いでたから、酒ぶっかけて匂いを消してやったんだよ。
それって。。。。。。
僕の回転の遅い頭がその言葉の意味を理解し、振り返ったとき。
彼はもう部室から出て行ってしまった後で、その姿はなかった。
ミントの香りだけが、甘くさわやかに残されている。
【終】
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