口紅ファイター

鈴音は口紅を塗ったセナの顔を見て、思わず笑った。
なんの勘違いか口紅を「持って来い」が「塗って来い」に変わった。
男子高校生が集団で口紅を付けている姿はかなり異様だ。
だが小柄で童顔のセナだけを見ると、どこか妙に可愛らしい。
背後では伝言を間違えた栗田を蹴り飛ばす悪魔のQBの怒声。
けたたましい声に鈴音が思わずそちらを振り返る。
するとセナの口元に視線を送り、ふっと笑いをもらすヒル魔が目に入った。

鈴音がセナと初めて会ったのはアメリカ。
第一印象は「気弱で頼りない男の子」だった。
だがデスマーチと帰国後のいろいろな出来事を経て。
もどかしいくらい自己主張をしないのは、優しさの裏返しだと理解できた。
そして時々ハッとするような強さを見せる。
何よりもデビルバッツという兄と自分の居場所を見つけるきっかけとなった少年。
そんなセナを好きだと思うのに、時間はかからなかった。


そしてセナを意識し始めて、すぐに気がついた。
ヒル魔とまもりが喋っているのを見ているセナ。
時に主将とマネージャーとしての連絡であったり。
時にセナを間に挟んで苛めないで!という御馴染みの掛け合いだったり。
セナは寂しそうにしている。儚げに少し笑いながら一歩引いて見ている。
そうか、セナはまも姉が好きなのか。そう思った。

まも姐ちゃんも色々サポートしてやってくれや、奴の彼女として。
ある時トレーナーの溝六がまもりに言っていた。
なになに楽しそう、何の話?と無邪気な振りして、内心喜んだ。
ヒル魔とまもりがくっついてしまえばいい。
そうすればセナは自分を見てくれるかもしれない。
そして鈴音は自分の中の暗い衝動に気づき、愕然とする。
こんな自分は大っ嫌いだと悲しくなった。


セナが赤く彩られた自分の唇を見て笑うヒル魔に気づいた。
ヒル魔が困ったように目を伏せるセナを見て、また笑う。
一瞬だけ絡み合った二人の視線はすぐに離れた。
まさか。鈴音の表情が強張った。
ヒル魔とまもりが喋っているときに、元気のないセナ。
セナは好きなのはまも姉ではなくて---!

おい、糞チア!と不意に声をかけられて、鈴音がギクリと肩を揺らせた。
声の主は。たった今、自分を動揺させた地獄の司令塔。
しっかり応援しやがれよ。と鈴音を見下ろして、威嚇するように言う。
それは試合のことなのか、それとも。。。
よし!と鈴音は息を大きく吸い込んだ。
ヤー!絶対に負けないよー!と大きく両手を振り上げる。
頑張ろうぜ!オ~!と部員たちの声が重なった。
ヒル魔が唇の両端をつり上げて、不敵に笑った。

【終】
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