サクラ・ドロップス
ヒル魔は携帯電話を取り出すと、ボタンを押した。
そして相手のもしもし、という声を聞くなり、一方的に告げた。
俺がテメーに一目惚れした場所にいる。今すぐ来い。
泥門前駅。学校はまだ春休みなので、いつもなら溢れている泥門生の姿はない。
ヒル魔は落下防止のフェンス越しに駅のホームを見下ろしていた。
約1年前のこの場所で。
セナが3兄弟の追跡から逃げ切って電車に飛び乗るのを見た。
ヒル魔はオマエの足なら行ける、と心躍らせ、最後に「跳べ!」と叫んだ。
後に最速ランナーの称号を手にするセナの見事な脚力を披露した大逃走劇だった。
あの時と違うのは、ちょうど駅を見下ろす場所にある早咲きの桜が満開であることだ。
東京のソメイヨシノなどはまだ蕾だが、ここの桜はすでに散り始め、美しい桜吹雪が舞っている。
柄にもなくロマンチックな気分になったのはそのせいか、とヒル魔は苦笑した。
あの時のセナは逃げるのに精一杯でヒル魔には気がつかなかっただろう。
だから先程の電話でこの場所に思い至ることはないはずだ。
ましてやセナが今どこにいるかもわからないのに、すぐ来いなどとは。
ヒル魔はそれでもあの日の残像を捜すように、しばらくその場に佇んでいた。
ヒル魔さん!
不意に背後から声をかけられて、ヒル魔は驚いて振り返った。
駅前からゆっくりと歩いてきて、ここはヒル魔の自宅前だ。
セナは全力で走ってきたようだ。
両手を膝の上において前かがみになり、ハァハァと荒い息をしている。
名前を呼ぶのがせいいっぱいで次の言葉も発せられないような状態だ。
ヒル魔はゆっくりとそんなセナに歩み寄る。
もう少し待っててくれればよかったのに。
そう言って顔を上げたセナの髪から何か小さな白い欠片が数枚、舞い落ちた。
ヒル魔が手を伸ばしてそれを手のひらで受けて、驚きに目を見開く。
桜の花びらだ。セナはわかったのだ。あれだけのヒントであの場所が。
当たってました?
悪戯っぽさを含んだその声に、ヒル魔は手の上の花びらからセナに視線を移す。
僕にはあのとき、ヒル魔さんの声が聞こえてましたよ。
そこには満開の桜にも負けないセナの極上の笑顔がある。
まったくかなわねぇな。
ヒル魔はそんな心の内を押し隠して、いつもの不敵な笑いで応えた。
【終】
そして相手のもしもし、という声を聞くなり、一方的に告げた。
俺がテメーに一目惚れした場所にいる。今すぐ来い。
泥門前駅。学校はまだ春休みなので、いつもなら溢れている泥門生の姿はない。
ヒル魔は落下防止のフェンス越しに駅のホームを見下ろしていた。
約1年前のこの場所で。
セナが3兄弟の追跡から逃げ切って電車に飛び乗るのを見た。
ヒル魔はオマエの足なら行ける、と心躍らせ、最後に「跳べ!」と叫んだ。
後に最速ランナーの称号を手にするセナの見事な脚力を披露した大逃走劇だった。
あの時と違うのは、ちょうど駅を見下ろす場所にある早咲きの桜が満開であることだ。
東京のソメイヨシノなどはまだ蕾だが、ここの桜はすでに散り始め、美しい桜吹雪が舞っている。
柄にもなくロマンチックな気分になったのはそのせいか、とヒル魔は苦笑した。
あの時のセナは逃げるのに精一杯でヒル魔には気がつかなかっただろう。
だから先程の電話でこの場所に思い至ることはないはずだ。
ましてやセナが今どこにいるかもわからないのに、すぐ来いなどとは。
ヒル魔はそれでもあの日の残像を捜すように、しばらくその場に佇んでいた。
ヒル魔さん!
不意に背後から声をかけられて、ヒル魔は驚いて振り返った。
駅前からゆっくりと歩いてきて、ここはヒル魔の自宅前だ。
セナは全力で走ってきたようだ。
両手を膝の上において前かがみになり、ハァハァと荒い息をしている。
名前を呼ぶのがせいいっぱいで次の言葉も発せられないような状態だ。
ヒル魔はゆっくりとそんなセナに歩み寄る。
もう少し待っててくれればよかったのに。
そう言って顔を上げたセナの髪から何か小さな白い欠片が数枚、舞い落ちた。
ヒル魔が手を伸ばしてそれを手のひらで受けて、驚きに目を見開く。
桜の花びらだ。セナはわかったのだ。あれだけのヒントであの場所が。
当たってました?
悪戯っぽさを含んだその声に、ヒル魔は手の上の花びらからセナに視線を移す。
僕にはあのとき、ヒル魔さんの声が聞こえてましたよ。
そこには満開の桜にも負けないセナの極上の笑顔がある。
まったくかなわねぇな。
ヒル魔はそんな心の内を押し隠して、いつもの不敵な笑いで応えた。
【終】
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