ステイホーム

「試合、したいですね。」
セナは買い物に出かける支度をしながら、そう言った。
ヒル魔は「そうだな」と頷くけれど、その表情は至って穏やかに見えた。

セナはヒル魔のマンションにいた。
もうずっと入り浸っている。
本来ならもうすぐプレシーズン。
野球で言えばオープン戦の準備に余念がない時期である。
だが世界的に広まっている新型ウイルスの影響で、中止になってしまった。
レギュラーシーズンの日程が出ているが、予定通り開催されるとは限らない。

練習もままならない状態だった。
ヒル魔のチームもセナのチームも感染者が出たのだ。
だから練習もできず、自主トレをしながら自宅待機をしている。
そしてセナはヒル魔のマンションに転がり込み、巣ごもり状態になっていた。

先の見えない未来に焦る気持ちはもちろんある。
だがヒル魔がまったく動じている様子がないのを見て、気持ちを切り替えた。
食事は週に2、3度、スーパーで買い出しをして自炊。
日課は一緒にランニングやストレッチ、筋トレ。
他人に会うことなく、ヒル魔と2人きりの時間を持てている。
焦っても仕方ないし、それならこの状況を楽しんだ方が良い。

「買い物に行ってきますけど。何か欲しいものあります?」
セナはソファにどっかり座り、テーブルに足を乗せ上げてパソコンを叩くヒル魔に声をかける。
ヒル魔はパソコンから目を離さないまま「オレも行くか?」と聞いてきた。
数日分を買い置きするから、結構な荷物になる。
それを心配してくれたのだろう。

「大丈夫ですよ。買い物はなるべく1人。ウイルス対策の基本です。」
セナはマンションを出ると、軽い足取りでスーパーに向かった。
マスクは必須、なるべく人との距離を取る。
買う食材はメモにまとめてあるので、最短時間で店から出る。
自分が、そして最愛の人が感染しないために。

ちょっと不自由だけど、これはこれで楽しいかも。
セナはクスリと笑いながら、軽い足取りでスーパーに入った。
自炊は思いのほか楽しいし、料理の腕も上がった気がする。
なにより新婚気分を味わえる。
不謹慎でもう訳ない気はするが、これはこれで楽しまなきゃ損だ。
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