ヒル魔さんの秘密
「ヒル魔さん、また来たんですけど。」
取りあえず声をかけたけど、ヒル魔は見事にスルーする。
セナはため息をつくと、立ち上がってインターフォンに向かった。
この年末年始、セナはヒル魔の部屋で過ごすことにしていた。
大晦日の夜にやって来て、三が日まで一緒に過ごす。
途中、近所の神社で初詣をしたり、食事に出たりするが、基本はずっとこもりきりだ。
今までの正月は、実家とヒル魔の部屋を往復する感じで、慌ただしいものだった。
だからずっと一緒にいられる正月が、すごく楽しみにしていた。
イチャイチャ、まったりと過ごせるなんて、甘い妄想をしていたのだが。
実際はそんな風にはならなかった。
とにかくインターフォンがよく鳴るのだ。
ヒル魔はいくつも「アジト」と称する隠れ家を持っている。
それは一軒家だったり、マンションだったり、ホテルの一室だったり、神出鬼没だ。
だが今、セナと過ごしているこの部屋だけは、世に知られているものだった。
何しろ、学校の決まりで名簿に載せていた連絡先の住所なのだから。
そして訪問者の正体は、主に宅配業者だ。
黒い手帳に名を記された者たちが、少しでもお目こぼし願おうと「お年賀」を送ってくるのだ。
「別にいらねぇ。ほっとけ」
ヒル魔はそう言い捨てて、どれだけインターフォンが鳴っても、出ようとしない。
本当に用事がある人間はこちらから会いに行くのだから、押しかけてくる人間はどうでもいい。
それがヒル魔の言い分なのだが、セナは違うと思っている。
別にその理由を明らかにする必要はないが、現実問題としてセナは落ち着かない。
善良な庶民であるセナは、訪問者にはきちんと応対するべきだという価値観を持っている。
結局、インターフォンが鳴るたびに荷物を受け取るのは、セナの仕事になった。
おかげで「蛭魔」なんて難しい字をスラスラと書けるようになってしまった。
「今度は何だ?」
「ええと、カニしゃぶのセットです。これ、差出人は泥門高校の校長先生ですよ!」
受け取ったばかりの宅配物の伝票をチェックしたセナは、少しばかりの抗議の意を込めた。
今は高校を卒業しているとはいえ、一応、恩師なのだ。
脅されていたとはいえ、アメフト部のためにいろいろ尽力だってしてくれた。
だけどヒル魔は「ケケケ」と笑って、取り合うつもりもないらしい。
「それにしても、かわいいですね。」
「あぁ?何がだ?」
「髪を下ろしたヒル魔さん」
セナは悪戯っぽく笑うと、そう言った。
そう、部屋でくつろいでいるときのヒル魔は髪を下ろしている。
服装だって、シンプルなジャージ姿で、ごくごく年齢なりの青年だ。
外では髪を逆立てて、それなりに気合いを入れた格好をしているから、セナとしてはその落差が楽しいのだ。
ヒル魔が訪問客に応対しないのは、実は普段着の自分を誰にも見られたくないから。
セナは勝手にそう思っているし、おそらく外れていないと思う。
だけどセナは敢えて、そのことをはっきりとは言わない。
髪を下ろした普段着姿は、セナだけが知る「ヒル魔さんの秘密」だ。
これを1人で堪能できる特権がもらえているのだから、それで充分だ。
「夜はカニしゃぶで決まりだな。」
ヒル魔はバツの悪さを誤魔化すように、そう言った。
セナは「はい」と苦笑しながら、この部屋限定のヒル魔の揺れる髪を目で楽しんだ。
【終】
取りあえず声をかけたけど、ヒル魔は見事にスルーする。
セナはため息をつくと、立ち上がってインターフォンに向かった。
この年末年始、セナはヒル魔の部屋で過ごすことにしていた。
大晦日の夜にやって来て、三が日まで一緒に過ごす。
途中、近所の神社で初詣をしたり、食事に出たりするが、基本はずっとこもりきりだ。
今までの正月は、実家とヒル魔の部屋を往復する感じで、慌ただしいものだった。
だからずっと一緒にいられる正月が、すごく楽しみにしていた。
イチャイチャ、まったりと過ごせるなんて、甘い妄想をしていたのだが。
実際はそんな風にはならなかった。
とにかくインターフォンがよく鳴るのだ。
ヒル魔はいくつも「アジト」と称する隠れ家を持っている。
それは一軒家だったり、マンションだったり、ホテルの一室だったり、神出鬼没だ。
だが今、セナと過ごしているこの部屋だけは、世に知られているものだった。
何しろ、学校の決まりで名簿に載せていた連絡先の住所なのだから。
そして訪問者の正体は、主に宅配業者だ。
黒い手帳に名を記された者たちが、少しでもお目こぼし願おうと「お年賀」を送ってくるのだ。
「別にいらねぇ。ほっとけ」
ヒル魔はそう言い捨てて、どれだけインターフォンが鳴っても、出ようとしない。
本当に用事がある人間はこちらから会いに行くのだから、押しかけてくる人間はどうでもいい。
それがヒル魔の言い分なのだが、セナは違うと思っている。
別にその理由を明らかにする必要はないが、現実問題としてセナは落ち着かない。
善良な庶民であるセナは、訪問者にはきちんと応対するべきだという価値観を持っている。
結局、インターフォンが鳴るたびに荷物を受け取るのは、セナの仕事になった。
おかげで「蛭魔」なんて難しい字をスラスラと書けるようになってしまった。
「今度は何だ?」
「ええと、カニしゃぶのセットです。これ、差出人は泥門高校の校長先生ですよ!」
受け取ったばかりの宅配物の伝票をチェックしたセナは、少しばかりの抗議の意を込めた。
今は高校を卒業しているとはいえ、一応、恩師なのだ。
脅されていたとはいえ、アメフト部のためにいろいろ尽力だってしてくれた。
だけどヒル魔は「ケケケ」と笑って、取り合うつもりもないらしい。
「それにしても、かわいいですね。」
「あぁ?何がだ?」
「髪を下ろしたヒル魔さん」
セナは悪戯っぽく笑うと、そう言った。
そう、部屋でくつろいでいるときのヒル魔は髪を下ろしている。
服装だって、シンプルなジャージ姿で、ごくごく年齢なりの青年だ。
外では髪を逆立てて、それなりに気合いを入れた格好をしているから、セナとしてはその落差が楽しいのだ。
ヒル魔が訪問客に応対しないのは、実は普段着の自分を誰にも見られたくないから。
セナは勝手にそう思っているし、おそらく外れていないと思う。
だけどセナは敢えて、そのことをはっきりとは言わない。
髪を下ろした普段着姿は、セナだけが知る「ヒル魔さんの秘密」だ。
これを1人で堪能できる特権がもらえているのだから、それで充分だ。
「夜はカニしゃぶで決まりだな。」
ヒル魔はバツの悪さを誤魔化すように、そう言った。
セナは「はい」と苦笑しながら、この部屋限定のヒル魔の揺れる髪を目で楽しんだ。
【終】
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