ヒル魔先生の経済学講座

「あれ?」
セナは店内をキョロキョロと見回し、首を傾げる。
成人男性とは思えない可愛らしい仕草だったが、当人に自覚はなかった。

5月上旬のとある日、セナとヒル魔は食事をしていた。
プロのアメフト選手、そこそこの高給取り。
そんな2人がいる店は、ごくごく庶民的なところ。
Mのマークで世界的に有名なハンバーガーのチェーン店だ。

「すみませんね。付き合わせて」
カウンターで商品を受け取って戻ってきたセナは申し訳なさそうにしていた。
理由は簡単、ヒル魔はこういう店を好まないからだ。
別に舌が肥えているなんて理由じゃない。
とにかく目立つ風貌なので、人が多い場所を好まないのである。

だがセナは時折こういう店に行きたがる。
この手のジャンクフードってたまに無性に食べたくなるのだ。
かくして2人は今も人でごった返すハンバーガー店の一角を陣取っている。
ハンバーガーとポテトとコーラ。
定番のセットを食べながら、オフを楽しんでいたのだが。

ハンバーガーを半分ほど食べたところで、セナが「あれ?」と声を上げたのだ。
ヒル魔としては、内心ため息だ。
小首をかしげる仕草も、チマチマとハンバーガーを齧る様子も、女子のような可愛らしさだ。
これで20代後半の男だなんて、もはやミステリーの域だとさえ思う。

「どうかしたか?」
「日本って今、ゴールデンウィークですよね?」
「だな。それがどうした?」
「日本人が少ないなぁと思って」

セナが首を傾げた理由は、日本人の客が店内にほぼいないことだった。
この時期、街には日本人が増える。観光客が集まるからだ。
だけど今、店内にはヒル魔とセナ以外に日本人の姿は見えなかった。

「そりゃ円安だからだろ」
「えん、やす?」
「・・・ニュースとか見ないのか?」

呆れたようなヒル魔の様子に、セナは一瞬たじろぐ。
だがすぐに「ちゃんと見てますよ!」と胸を張った。
ヒル魔は疑りのまなざしで、セナを見ていた。

「円安って円が安いことでしょ!知ってますって!」
「じゃあ今、1ドルが何円か知ってるか?」
「・・・いくら、だったかな」
「それは知ってるとは言わないだろ」

ヒル魔は深い深いため息をついた。
セナは漠然と円安なのだと理解していたが、レートなど知らなかった。
アメリカで、しかもドルで給料をもらっていれば、さほど不自由は感じないのだろう。
だけどアメリカで働く日本人が知らないのは、問題のような気がする。

「いいか。今テメェが食ってるハンバーガーセット。日本なら500円くらいだ。」
「はい」
「それがここでは5ドル強。日本円に換算すると800円くらいになる。」
「え?高くないですか?」
「それが円安なんだよ」

ヒル魔はもう1度、ため息をついた。
セナは齧りかけのハンバーガーを見て、固まっている。
アメフト三昧の日々の中、そんな風に物の値段を考えたことなどなかったのだ。
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